表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
227/277

02 地下大空洞の試練 ㉘

 

 ぬるり、と。


 粘着質なもので意識の底にでも触れられているみたいな、産毛(うぶげ)の逆立つ嫌な感覚がする。自然と脈が早くなり、荒くこぼれそうな息を必死で殺す。大した修羅場をくぐり抜けて来たわけではないけれど、これはマズいと指先まで駆け抜けた震えが告げている。


「……シエロ、降ろして」

「でも」

「良いから」


 耳元に囁かれた言葉に、少しだけ逡巡したあげくに唇を噛んでリアを降ろす。


 万が一この先で、僕達が谷底に落ちる羽目になったような赤目のグリズリーみたいな脅威が襲いかかって来た場合、リアを背負ったままの僕では到底太刀打ちなんかできない。リアを守るだの彼女だけは帰すだのと、偉そうなことを考えておいて結局はこのザマだった。


 怪我を感じさせない軽やかさで音もなく地面に降り立ったリアは、調子を確かめるように脚を曲げ伸ばしして頷いた。一瞬もう大丈夫なのかと甘い考えがよぎるものの、気付けばユニコーンがリアの足に身を寄せていた……つまりはまだ、治癒の力が必要な状態であるということで。少し強張(こわば)っていた表情をホッとしたように緩めたリアに、やはり彼女がまだ本調子でないことを悟る。


(……大丈夫なわけ、ない)


 落ち着いて、自分に出来ることをしなければと言い聞かせる。細く息を吐き出して目を開き、魔力の気配と痕跡を辿りながら息を呑む。


 視界に映るのはリアが放つ目も(くら)むような……つまり「いつもの」暴力的な魔力の熱源だけで、全身が感じる圧のようなものは()えない。それでもどこか身に覚えのある感覚を辿り、()(しげ)る木々の薄暗がりに目を凝らせば、その向こうに力の揺らぎのようなものを感じる。


 リアに視線を移せば、本能的な危機感に人一倍敏感な彼女は珍しく怯えたような表情を浮かべていて、いつもは頼りがいしかないリアが二の足を踏んでるなんて危険すぎる状況が、何周かまわって僕を冷静にさせるのが分かった。


「シエロ……どうする?」

「……ここで立ち止まってても仕方ないし、行くしかないでしょ。そいつも警戒はしてるけど、引き下がる気はないみたいだし」


 そう言って足元に目を向ければ、先程からリアから離れようとしないユニコーンは、(ひづめ)を落ち着きなく鳴らして警戒心を(あらわ)にしながらも、森の奥から目を離す素振りがない。


 僕とリアはどちらからともなく視線を交わして頷き合うと、陽も満足に射すことのない森の奥へと慎重に歩を進め始めた。息を殺して神経を()ぎ澄ませていても、土を踏みしめる度に小石が靴の裏を削り、湿った小枝の軋む音がやけに大きく響く。


 痛いほどの緊張の中で虫の音一つ聞こえない森の中を進んで行くと、少しずつ地面に何かの瓦礫のようなものや、恐らくは城壁か砦の存在した跡が見受けられるようになって来る。いかにもきな臭い雰囲気に眉を(ひそ)めていると、不意に開けた視界に思わず息を呑んだ。


(っ……これ、は)


 そこには、一つの「都市」があった。


 崩れかけた二重の城壁の向こうには、恐らく鉄で出来た塔が数多(あまた)立ち並び、今なお落ちることのない堅牢な橋が宙空を繋いでいる。見慣れない歪な形に(かし)いで道へとせり出した家々には、生き物のように木々が壁を食い破っては、その太い枝を屋根に巻き付けていた。


 地面はひび割れながらも、元は赤褐色の石が一面に敷き詰められていたようで、更にはその上を二本の鉄の線がどこまでも続いている。一際(ひときわ)大きな建物には割れたガラスが学院の窓を全部足しても足りないくらい大量に散らばっていて、その奥には歯車やらパイプやらが複雑に入り組んだ用途の分からない巨大な鉄の塊が鎮座しているようだった。


「すごい……」


 ぽつりと言葉を漏らしたリアが、目を輝かせてフラフラと都市の奥へと分け入って行く。僕としては明らかに戦か何かで一つの文明が滅んだ様を見せつけられているのが分かるのもあり、人間の気配がない抜け殻の都市に得体の知れない不気味さを感じているのだけど、彼女にとっては目に映るもの全てが好奇心を(あお)るのか、先程までの緊張感はどこへやらという感じで……この研究馬鹿、確実にマスター・リカルドから悪影響を受けている。あの師にして、この弟子ありの定形だ。無事に帰れたら、後で絶対に説教してやると心に誓う。


 見上げれば巨大な怪物の影が覆いかぶさるような、そんな印象を与える巨大な家々がやけに広い道の上へとせり出した空間は、いつ倒れるとも分からない不安定さを自然の脅威に絡め取られながらかろうじて保たれていた。幾つかの建物を屋根ごと押し潰すような、書物の中でしか読んだことのない巨大なスナクジラの骨のようなものや、明らかに馬車のような形をしながらまるで動力の分からない鉄の貨車だけが沈黙を語る。


 言葉もなく田舎者のように街をキョロキョロと見回しながら歩いていると、これまた巨大な木が中心で悠々と枝を伸ばした広場のような場所に出る。その木を取り囲む「何か」に僕達は目を見開き、近付くにつれて明らかになる全貌に気付けば駆け寄っていた。


「っ、文字だ……文字だよ、シエロ!」






2022年最後の更新です。新年は1月3日はお休み、1月10日(火)より連載開始します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ