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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ㉗

 

 正直に言えば、今でもその意味を完全に理解してるわけじゃない。それでも口にするだけで、どこか背筋の粟立(あわだ)つような……何か良くないものに触れているような感覚のする文言に、唇を噛んで震えをやり過ごす。


「……そう、だよね。世界の全てが記されてるって、ちょっと壮大過ぎて想像もつかないけど。ただ私達が求めてるような、どんなことでも教えてくれる本なんだとしても、何の代償も支払わないで手に入れられるなんて逆におかしいし」


 妙に納得したような声で呟くリアは、それでも流石(さすが)に緊張したような雰囲気で僕の服の裾を握りしめていた。きっと『真実の書』の持つ危険性を本能で感じただろう彼女は、それでも努めて落ち着こうとするように深々と息を吸い込んだ。


「代償にしなくちゃいけない『時』とか『真実』って、何なんだろ……そもそも世界の全てを知ってるのに、何か要求するような真実なんてあるのかな?」

「それに関して詳しいことは書いてなかったけど、どうやら父上は『真実』の方を選んだらしい。ただ恐らく前者の『時』は、寿命の一部を捧げることになるんだろうとは書いてあって、しかもその期間は全くの不明と来てる」

「そう言えば調べてた時、代償について書いてた人っていたっけ」


 ポツリと落とされた言葉に、僕は(またた)いて記憶を辿りながら思わず息を呑んだ。


「いなかった……ような気がする。今まで気付かなかったけど、僕が王家の書庫で見ていたような古い記録も少なかったし、不自然なくらいに『真実の書』そのものに関する記述は無かったと思う」

「何か書けない制約があるとか?」

「それだと父上が日記に書いている説明がつかないけど……他人の目に触れたら不都合だった、とかかもしれない。父上の記述によると、書にある情報を読むと言うよりも、ただ『知るべきことを知った』って感覚らしい。その後に『我々(・・)は『真実の書』に繋がれている』とだけ書かれていて、そこで試練に関する日記は不自然に途切れてた」


 他のページは当人の性格が出ているみたいに、どこか几帳面で丁寧な字が整然と並んでいるのに、試練に関する日記の中でも特に『真実の書』が関わる箇所だけが、やたらと字が乱れて意味も分からないところが多くて、子供心に不気味だったのを覚えている。


「……多分、僕達が求める『真実の書』は、なんでも教えてくれる子供の夢みたいに便利で優しい本なんかじゃない。世界の旋律がどうとか、ドラゴンが書いただとか、そういう訳の分からない眉唾(まゆつば)な話は抜きにしても、警戒しておくに越したことはないと思う」

「そう、だね……どうしてそんなものが学院の地下大空洞に隠されてるのかとか、それが位階を上げるための条件になってる理由も分からないし、そもそもこの大空洞も不自然なことだらけだから。この先も油断しないで、注意して進まないと」


 僕が長年かけて飲み込んだ話を、こうして一瞬で理解して先を見据えているあたりが、いつもながら頼もしいと言うべきか可愛げがないと言うべきか。ただその『子供らしくない』ところに今日は何故か危うさを覚えて、気付けば僕は口を開いていた。


「お前がどっちの道を選ぶのかは分からないし……まあ、別に必ずしも『真実の書』に頼らないといけないってわけでもないから。とにかく、悔いの残るような選択だけはしないでってこと、言っておきたかった」

「……分かってる。寿命のことも、良く考えておく」

「そうして」


 その言葉に小さく「うん」と返したリアは、僕の肩口に額を預けて囁くような声で告げた。


「でもね、死んだら終わりかもしれないけど……覚悟は出来てる、と思う」


 静かな――それでいて揺るがない決意を秘めた言葉に、呼吸が止まった。


(……どうして)


 前からずっと、不思議だとは思ってた。世間に揉まれてるわけでもないのに、やたらと大人びていて。どこまでも無邪気で悪意を知らないように見えるのに、何かを置き忘れて来たみたいに達観してる時があって。


 ふわふわと笑っているのに、ふとした瞬間の瞳に滲む冷たい覚悟が、彼女のどこに眠っているのかが分からなくて。どこから来たのか、どこへ行くのか……どうしてそんなに、生き急いでいるのか。こうして近くにいれば、分かるかもしれないと思っていたのに。


(お前のことが、分からない――)


 そんなの今に始まった話じゃなくて、出会った時からずっとそうだったはずで。それなのに今、彼女の抱えた孤独な覚悟の()()が見えないことが、こんなにも悔しかった。


「……さっきも言ったけど、お前のことだけでも絶対に帰すから」

「違うよ、シエロ」



 抱きしめるように、そっと。

 僕につかまる腕をゆるりと回して、頬を寄せるリアがかすかに笑った。


「二人で一緒に帰る、でしょ?」



 ぶわり、と。

 心臓がひときわ強く脈打って、頬がにわかに熱を帯びる。


(……本っ当、性質(たち)が悪い)


 胸の奥から衝き上げる何かに押されるまま、口を開いたその瞬間だった。


「「ッ……!」」


 ピタリと波長が重なったかのように、僕達は会話を止めて全身を強張(こわば)らせた。見れば先導していたユニコーンも立ち止まり、警戒するように小さく鼻を鳴らしている。


「……感じる?」

「うん……」


 何かが、見ている。







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