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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
223/277

02 地下大空洞の試練 ㉔

 

「ねえ、シエロ」


 思考の海に沈みかけた僕を、リアが珍しく何かを躊躇(ためら)うような声で引き戻した。


「……『真実の書』って、なに?」

「世界の全てが記された書」


 その答えに、リアが途方に暮れたような溜め息を落とした。その気持ちはよく分かる……と言うか、初めてその記述を目にした時の僕は、よくある伝説かおとぎ話の類だと思っていた。だからこそ、この場所まで来るのに大きな遠回りをして。


 それでもきっと、かつて焦りに追い立てられていた僕が通った道筋を、一つでも違えていれば今この時にリアと出会えることはなかった。この試練の果てに、求め続けた真実を手にしたなら、世界の見方も少しは変わるのかもしれない。


「本当は、その話がしたくて僕の生い立ちだとか……そういう長い寄り道をしてきたわけ。僕が最初に『真実の書』の名前を目にしたのは、王家の書庫だったから」

「……正直、シエロがそういう話を信じたのは意外かも」


 その感想は正しい、と苦笑しながら僕は頷いた。


「当然、そんな眉唾話(まゆつばばなし)なんて信じてなかったけど」

「可愛げのない現実主義者だから?」

「その言葉、後で覚えてなよ」


 彼女を背負ったまま乱暴に揺さぶれば、リアは小さく楽しそうな悲鳴をあげて笑った。こんな時なのに気が抜けると思いながら、さっきまでより少しだけ軽くなった気持ちで口を開く。


「さっき話したエルディネ建国記の『異伝』なんて、国の権威とか支配の正統性だとかが揺らぎかねない、いわば禁書中の禁書でしょ。王家の書庫っていうのは、そういう学院の図書室もビックリな危ない本がゴロゴロしてて、大抵が嘘八百を書き立てた妄想まみれの代物(しろもの)なのに、時たま『本物』が混じってる。だから迂闊(うかつ)に話せなかった……って言うのが、僕の言い訳」

「知っているだけで、危険だから?」


 もっと早く話してくれれば良かったのに、だとか責められても仕方のないような状況なんだけどと、逆に呆れたくなるような純粋さで信頼を前提にした応えが返る。リアはいそがしく頭を回しているのか、僕の不義理なんかには構っていられない様子で、言葉の断片を囁くような声で漏らし始めた。


 彼女の独り言は深く考え事をしている時のクセで、それでいてこちらの思考を邪魔するような煩さがないのが不思議だった。今だって耳元で呟きが落とされているはずなのに、どこか遠くで揺蕩っているような音の羅列にしか聞こえなくて、異国の言葉を聴いているみたいな気分になる。


(……前から気になってたけど、よく聞くと『言葉』っぽいんだよね)


 僕達が魔法魔術を行使する時にしか使わない古の『言葉』を、リアは僕の知る誰よりも自由に操る。あの堅物で偏屈で完璧主義者のマスター・リカルドでさえ、手放しにとはいかないけど『あれは特別だ』と舌を巻く実力。


 世間体とか常識だとかが欠け落ちていたり、あまりに基礎的な知識がゴッソリ抜けていたりするのを差し引いても、魔導を志す者に必須な……むしろそれさえあれば、他はおまけ程度でしかないような『言葉』の力があるのに、彼女はいつも何かに追い立てられているように見える。僕から見ても、どこか生き急いでいるみたいに。


 野生の獣みたいに、見えない危険に対しては敏感なクセして、目に見えて誰もが踏み込みたがらない場所へは進んで飛び込んで行く。いつ見ても何もかもがチグハグで、それでも確信を持って突き進む横顔は、本人だけが知る何かを目指しているように見える。


(てっきりライナスとの関係だとか、あの男の病に関わることが一番の秘密かと思ったのに、全然そんな感じじゃない……どころか、ほとんど何も知らないみたいだし)


 リアはまだまだ、僕の想像も及ばない秘密を抱えている。問題は、本人ですら『秘密』の正体や()()を、どうやら認識さえしていないらしいこと。


 彼女本人に裏表はないんだろうってことは、さすがの僕も今では理解している。それでも彼女の背景にいるだろう、後ろ盾になっている人々の底知れなさは素直に怖いと思う。ただそんな僕の感想なんかよりも、もっと重要な差し迫った問題があった。


「……まあ、お前に話せなかったのは危険だからっていうのもあるけど、どちらかと言えば僕の覚悟が決まってなかっただけだから。基本的に誰も信じるつもりはなかったし、誰の力を借りるつもりもなかったから……だから、僕にはお前をこんなところまで何も告げずに連れて来た責任がある」

「シエロと一緒に来たのは、私の意志だよ」


 いつもはふわふわとしているクセに、いざと言う時には一歩も退くことはない。小さな身体に見合わない力強さで言い切るリアに、気付けば笑みがこぼれていた。


「分かってる。それでも、何があってもお前を無事に帰す……今のところは、そこまで大きな事件も起きてないけど。とにかく、かつての僕は異伝を中心に王家の禁書庫で『真実の書』について調べて、それが学院の最奥で守られていることを知った。それはエルディネ王家が生まれるよりも、人が言葉を持つよりも、ずっと昔に……ドラゴンが記した魔導書らしい」







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