02 地下大空洞の試練 ㉓
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僕が名前を呼んだ瞬間、リアが分かりやすく息を呑む声が耳元に響いて。背中越しでもオロオロと視線を彷徨わせているのが分かって、思わず笑ってしまいそうになる。
「……シエロから見えないくせに」
ぽすりと肩口に預けられた重みから、くぐもった声が恨みがましく響く。
「終わらせるんでしょ、お前が」
「……うん」
囁くような声で、それでも確かな意志の滲む応えに頷きを返す。
「それから、実は見えてる」
「えっ、うそ。シエロ……頭に目ついてる?」
何かの魔法でも疑っているのか、勢いよく身体を離して僕の後頭部を調べ始めたらしいリアに「大人しくしててよね」と一喝すれば、納得がいかないように唸りながら定位置に戻る。僕は深々とこれみよがしに溜め息を吐きながら、口が緩むのを堪えきれなかった。
(……ほんと、バカ)
どんな顔をしてるかなんて、今更見なくても分かる。そんなことを考えながら、頭の隅でとうの昔に末期だったなと思う。今しがた自覚した……いや、認めたばかりの気持ちは砂糖菓子のように甘くフワフワとしていて、自分でもあまりに場違いであると理解していた。
こんな時にと苦く思いながらも、こんな時だからこそなのかもしれないとも思う。生きて帰れたのならば必ず伝えようと心に誓うが、ここまで事前に調べて危惧していたような、言ってしまえば生存率が一割を切るような脅威には出会っていないなと思い至る。
恐らくは僕達が試練の最初の方で崖から転落し、普通とは異なる道筋を辿っているからと言うのが一つ。そして序盤ではリアの、今はユニコーンの先導で外敵を上手く避けすぎていると言うのが、もう一つの理由だろう。
(ここまで何も出ないとなると、いっそのこと不気味な気もするけど)
まあ崖から落ちて死にかけたのだから、差し引きゼロでも良いのかもしれないと、見えない脅威のことはさて置いて。目下の問題である、ブラッドフォードの血脈へと意識を戻す。
「ブラッドフォード家は他の貴族に比べて多くの特権を与えられていて、正直に言えば王家よりも財力があると囁かれているくらいだから、力もあって内情が見えにくい。ただ……この百年の間に生まれた長男は、いずれも10代で早逝しているのは王家の記録にもあるから確か。それに比べてライナス・ブラッドフォードは、確かに呪いの影響が色濃くは出ているけど、明らかに長生き出来てる……何か心当たりは?」
「……ない、けど」
僕の背中に揺られるリアが、この言葉を飲み込んでギシリと不自然に身体を強張らせるまでが、手に取るように分かった。どことなく騙しているようで悪いけど、これは恐らく前々からはぐらかされて来た『エル』とやらが関わっているに違いないと当たりをつける。
当代のブラッドフォードは完全に武闘派で、有能な魔法使いを抱え込んでいるという話も聞かない。反して双璧のギルフォード家は今も魔導に強い一門であるものの、当主同士の間柄は水と油で魔法使いを融通し合っているというわけでもない。そもそも長子のライナスは放蕩息子で、ブラッドフォードの一門の中では煙たがられている存在であると聞くし、どのみち黙っていれば『一人が死ぬだけ』で一族の呪いを肩代わりしてくれるのだから、触らぬ神に祟りなしと彼の死を望む者が大半だろう。
(……どいつもこいつも、貴族や王族なんてそんなのばっかりだ)
心の底で吐き捨てながら、自分もその端くれであることからは逃れられない。口先ではリアのためと言いながら、頭の半分では打算的にライナス・ブラッドフォードの持つ背景を手繰り寄せようとしている。
筆頭貴族の長子に生まれながら、王の手足として動く諜報機関に実働部隊として身を置く異質な存在。人一人どころか国一つ滅ぼすことにさえ、王のためならば厭わない冷徹な顔を持ちながら、こともあろうか戦時中に血も繋がらない子どもの看病に、はるばるエルディネの端まで血相を変えて駆けつける。ちぐはぐだ、と思う。
(そもそも『家族』とは言ってたけど、どんな関係なんだか……)
ブラッドフォードの倅に子どもがいるなんて話は聞いたことはないし、もしいたとしてもリアではないだろう。マスター・フィニアスもリアの『家族』であるらしいが、当然ながらブラッドフォードと彼の間に血縁関係はなく、リアを仲立ちに繋がる関係。
病に関してもあくまでリアが研究していると言うスタンスで、直接に口や手を出していないことや、最重要機密に近い『真実の書』などという存在をポンと教えながらも、核心に触れるようなことは何一つ伝えていないことからも、恐らくライナスとマスター・フィニアスの仲はさして良くない。
かつてチラリと耳にした、マスター・フィニアスと肩を並べるほどの術師。リアという才能の塊を、貴族どころか王族の目にも触れさせないまま育て上げた存在。リアがたびたび口にする、彼女の保護者と思しき『エル』という人物に、ライナス・ブラッドフォードの命を永らえさせている驚異的な術師の人物像が重なる。
やはりリアの異質さは彼女を送り出した『エル』にあると考えながら、僕が求めてきた『真実の書』はやはり望む通りの力を持つのだと、ようやく得た実感の手触りに胸の奥が震えた。そんな術師でさえ、リアをイゾルデへと送り出し……そしてマスター・フィニアスは、明確にその名を示した。今まで何もかも手探りで、独りきりで歩み続けて来て。その全てがいま、確かに報われようとしていた。




