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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
221/277

02 地下大空洞の試練 ㉒


 *


 私は滔々(とうとう)と語られる物語を、言葉もなく聞いた。


 どこまでも救いのない世界を語るシエロの声は静かで、それでも言葉を紡ぎ終えた後に落とされた溜め息には、怒りや悲しみ……どちらかと言えば苦々しさが滲んでいた。再び訪れた沈黙の中で、シエロとユニコーンの二つの足音と、微かな息遣いだけが響いていて。


 彼が私に物語を呑み込むための時間をくれているのだと理解し、目を閉じてシエロの肩口に頭を預ける。揺らぐ暖かな闇の中で、かつてユーリが語ってくれた『英雄エルダーの物語』を思い返す。大好きだった、冒険に満ちた物語。


 白銀の森に、黄金の都――万里を駆け、遠い海を超えて辿り着く未知の世界。


 ただ、本当に『それだけ』だったかと問えば、柔らかなユーリの声が脳裏に蘇る。まどろみの中で聞こえるのは、折り重なるドラゴンの屍の中で立ち尽くす戦士と、全てが失われた後に訪れる静寂。第一幕の終わりはいつだって痛々しいほどの孤独に満ちていて、その寂しさと冷たさにユーリが長く細い息を吐き出す。


 全てを語り終えたユーリはどこか遠くを見つめていて、その姿がどこかに消えてしまうのが怖くて、夢から()めないようにと手を伸ばす。そうすれば、いつだって私に気付いて抱き締めてくれた暖かな手は、優しく微笑(ほほえ)んでいた瞳は……きっと、この物語の本質に気付いていた。


(……失うことの痛みを、知る者だけが知る)


 何度となく聞いたその一節が、心の奥底に反響する。軋むような痛みを訴える心の臓が、ユーリの鼓動に重なり溶けて行くように感じた。


「ドラゴンは、最初から人間の脅威じゃなかったんだね……」


 分かっては、いた。いつだって壊すのは人間で、森の父さんも母さんも人間を良くは思っていなかった。それでも私は、ここで生きて行くことを決めた。そう決めた日のことを、決して忘れることはないだろう……それでも。


「まあ……これが本当の話かどうかも分からないけど、王家の禁書庫で後生大事に眠ってた本だから、現実に近い記述なんだろうと僕は思ってる。(ちまた)に語られてる英雄譚(えいゆうたん)は綺麗すぎるし、歴史はいつだって勝者が紡ぐものだから」


 歴史は勝者が紡ぐ、その言葉が深く私の胸に爪を立てた。


「ドラゴンを悪者にしたのは、人間は正しいことをしたんだって言うため?」

「きっとね。最初に手を出したのは人間でした、なんて言ったら格好がつかないし。何より世界をドラゴンの脅威から守った英雄の国って立場は、建国からの数百年でエルディネが大国となるのに便利なものだったから。僕としては、考えたくないことではあるけど……正直に言えば闇の民とやらをけしかけたのも、水の民なんじゃないかとも思ってる。当時は風の民と水の民の集落って割と離れてたみたいだし、どうしてそんなにすぐ偵察に来れたんだって考えると、ね」


 闇の民と、シエロが口にする度に胸の奥がざわつく。灰に帰した森、全てに訪れる死、呪われた一族。


(スプリガル……)


 私が『力』を求める理由。私が旅に出ると、心に決めた理由。


 ユーリの魂の欠片が閉じ込められた剣は、今もあの一族と共にある。物語の中の『闇の民』がスプリガルの正体なのだと半ば確信しながらも、迂闊(うかつ)に口にしてはいけないと言うメクトゥシの忠告が、私に言葉を飲み込ませた。


「とにかく、いま僕達にとって重要なのは話の真偽とかじゃなくて、エルダー・ブラッドフォードが残した血筋の行く末でしょ」


 シエロの言葉にハッとして『異伝』の内容を頭の中で辿りながら、彼が何を伝えようとしてくれているのか、ようやく理解が追いついて来るのを感じた。


「さっきシエロが話してくれた話によれば、エルダーは水の民のエディスと結婚して、その間に子どもが産まれた。その後に戦いの中で、最後のドラゴンがかけた呪いで死にかけるけど、友達だったドラゴンの加護と相殺(そうさい)して生き残った……それで、奥さんであるエディスと子どもを残して旅に出た」

「ブラッドフォード家は英雄の末裔(まつえい)として特別扱いされている筆頭貴族で、その嫡男は決まって病持ちで生まれて来るから、特例的に次男が家を継ぐことになってる。エルディネの双璧とも言われるギルフォード家は、遠い昔に王家がエルダーの血を絶やさないために、エルディネ王家とブラッドフォードの三男を結ばせて当主に据えた家系。結局のところ、神話的な英雄の時代に語られる血筋が、今のエルディネを動かし続けてるってワケ」


 この話を、あの優しい人は……心臓に巣食う呪いを抱えて、今この瞬間も死に向かい歩き続けているライは、きっと知らずにいるのだろうと目を閉じる。何の罪も持たずに生まれて来たはずの彼が、その瞬間から呪われていたのが、遠い祖先の犯した罪を(そそ)ぐためなんて。


 なんて(むご)いことだろうと思いながらも、エルダーを呪ったドラゴンのことを恨むことの出来ない私がいるのも、また現実だった。


(……だって、こんなのは悲しすぎる)


 奪われて、奪われたものが奪い返して。その繰り返しの果てに、全てが失われて。


「リア」


 ただ一言、呼ばれた名前に息を呑む。


「お前が、そういう顔するところじゃないでしょ」



 *







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