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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ⑱

 


 黙り込んでしまった僕のことを、リアは静かに待ち続けてくれた。深い沈黙の中で、僕の足が重く土を踏みしめる音と、軽やかに先を行くユニコーンの音なき足音だけが響いている。それが不思議と苦痛ではなくて、いつもの書庫にいるかのような錯覚を覚える。


 静寂を許される関係が、何より貴重なものであることを彼女と出会うまで知らなかった。僕達の……かつての家族の関係はどうだっただろうか。もとより口数の多い人がいなかったからか、優しい静けさの中に思い出が揺蕩(たゆた)っているようにも思う。


「……姉上は僕よりもずっと歳上の人で、正直に言えばあまり言葉を交わした記憶がない。僕がまともな言葉を覚えるよりも先に、いなくなってしまったから」


 僕の雰囲気からある程度のことを察していたのか、リアの喉が小さく動く感触だけが背中越しに伝わる。いつだって強引なくせに、こういう時は無理に心の中へ入って来ることなく、黙って入り口に座って話を聴いている彼女が不思議だと思う。


 まるで、こちらの引いた一線が見えているみたいに。


「サファイアみたいな瞳が、いつでも夢見るように(きら)めいている……美しい人だった。生まれた瞬間から王になるべくして生まれて、世界の全てに愛されながら、同時に生きとし生けるもの全てを愛する人だった。あの頃は父上も母上も、まだ良く笑っていたし……僕の名前を大事そうに呼んでくれる、姉上の声が好きだったことを覚えてる」



 シエロ、と。

 王子とか、殿下だとか、名前でさえあまり呼ばれることのない僕を、姉上と兄上だけが柔らかな声で愛称を呼んだ。その瞬間が何より好きで、何度でも呼ばれたくて、子ども心にドキドキしながら待っていた時間を確かに覚えている。


「ある日、突然に姉上は宮中からいなくなった。最初からそんな奇跡なんて存在しなかったみたいに、一つの痕跡すら残さないまま消えていた。まだ夏が終わったばかりだったのに、ひどく寒い日の朝で……誰かが死んだみたいに宮中が静かで。本当なら総力を挙げて探すべきところを、父上は少数精鋭の追っ手だけを放って箝口令(かんこうれい)を敷いた。まるで、こうなることが分かってたみたいで……そこから少しずつ、静かに全てが狂って行った」


 リアに語り聞かせながら、全身にその時の感覚が蘇るのを感じていた。あの時……僕はまだ何が起こっているのかを理解出来ない程度には幼くて、姉上の温もりが消えた部屋の中にうずくまって、ただ震えていた。


 誰もが僕なんかには構っていられないほどに動揺していて、宮中は痛いくらい静かなくせに物々しい空気で人々が行き交っていて。誰かが僕の不在に気付いて、ちょっとした騒ぎになったらしいことは、後から聞いた。


「姉上の帰りを……その手が優しく僕のことを抱き上げて、いつもみたいに温めてくれるのを、愚かな僕はずっと待ち続けていた。やがて兄上が姉上の部屋で独り震えている僕を見付けて、すぐに父上がやって来た。珍しく普通の父親がするみたいに、僕の手を引いて部屋を出た父上は、姉上はどこに行ったのかと尋ねる僕に『もう二度と戻らない』と……そうとだけ答えて、姉上の部屋を永久に封じるよう命じた」



 そう、あの時……確かに父上は僕に告げたのだ。


 言葉も覚束(おぼつか)ない子どもなら理解出来ないだろうと思ったのか、愚図(ぐず)る僕を黙らせたかったのか、今となっては尋ねるのも怖くて出来ない。


(ああ、そうか……僕は怖かったのか)


 ずっと、あの時から父上が怖くてたまらなかった。僕の知らない誰かに変わってしまったみたいに、冷たく心を閉じた父上が……どこか遠くて(ひざまず)くべき『国王陛下』としての顔に変わって行く瞬間を、確かにこの目で見てしまったから。


 姉上は、間違いなく父上の『特別』だった。父上だけじゃない、きっと誰にとっても特別な存在だった。そして僕は誰にとっても特別な存在ではなかったのだと、あの瞬間に思い知ってしまったのだと。


 今更になって、気付くなんて。


「……姉上がどうしていなくなったのか、正確なことを僕も兄上も知らない。きっと父上と僅かな人だけが真実を知っていて、当事者であるはずの僕達でさえ蚊帳(かや)の外だった。宮中に流れた憶測では、姉上がとある騎士と駆け落ちしたとか、誘拐されたとか……殺されたんだろうって話で、実際にその騎士の姿は姉上の失踪と同時に消えたらしい」


 その時の喪失感を、どうやって表現すれば良いのか分からなかった。僕が名前も知らない騎士と姉上が、深い関係にあったなんてことも、姉上を(かどわ)かしたり殺したりしようとする人間がいることも、どちらも僕には想像出来なかった。


 ただ僕は『捨てられた』のだと、言葉にするならそんな感覚がまとわりついて離れなかった。姉上は僕を連れて行ってくれなかった……僕は、選ばれなかったのだと。そんな子どもじみた、それでも僕にとっては切実な痛みだけが、残された現実であり続けた。


 事実……誰も、僕を選んではくれなかった。今まで、誰一人として。







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