02 地下大空洞の試練 ⑮
魔力を人から人に受け渡すなんて、禁術クラスの高度な魔法なんじゃないかとか、そもそも伝達効率が悪すぎるみたいな実験結果が報告されてなかったかとか、それを当然『いつもやってます』みたいな雰囲気でサラリと頼んでくるところとか。
「言いたいことは山ほどあるけど、大丈夫なら持ってけば」
「うん? いつもやってるから……って言っても、人間相手は初めてかも。いつもは森から貰ってるんだけど、なんだか今日は上手く波長が合わないって言うか。私の魔力もぐらぐらして不安定な感じがして、なんか気持ち悪いし調整したい……」
いつもは森から云々なんて言葉に気を取られて忘れかけた、人間相手は初めてと言う発言に聞き捨てならないと口を開いた瞬間だった。
ぎゅっ、と。
僕の手を取ったリアが、その指先を祈るように絡めて力強く握った。止める間もなくコツリと合わされた額と、隙間なく繋がれた手の平から、荒れ狂うような魔力の波と火傷しそうなほどの熱を感じる。
気持ちを自覚したばかりの身には毒であるほどの至近距離でも、当のリアは集中しているのか僕の動揺なんて欠片も気付いていないかのように、その瞳を伏せて細く息を吐き出した。これから何が起こるのか分からないと言う緊張からか、思わずゴクリと唾を飲み込めば、リアは微かに目を開けて安心させるように笑ってみせた。
(っ……これ、が)
ふっと意識を触れ合わせるように流れ込んで来たリアの魔力は、昔から良く見知った相手のような、殆ど自分の魔力であるかのように馴染んだ。血管の中をどくりと脈打つそれが一周する頃、僕の魔力が彼女の魔力と溶け合ってリアへと戻って行くのを感じていた。
手の平から伝わる熱に、元は別々に分かたれた個であったはずの僕達が、どうしてか一つに溶け合うような感覚をリアも感じているのか、ハッとしたように見開かれた深緑の瞳が僕の瞳を映し込み、カチリと噛み合う音が聞こえたような気がした。
「あったかい……」
「……うん」
全身に蘇る温もりの記憶……幼い僕を抱き上げた力強い腕。ガラス細工に触れるように、そっと抱き締められた瞬間。愛おしむように頭を撫でてくれた優しい手。
リアも似たような感覚を思い返しているのか、どこか優しくそれでいて胸の掻きむしられるような切ない瞳で、僕を通して過去を見つめていた。僕達は記憶に溺れるように魔力を伝え合いながら、少しずつ互いの中の絡まった糸のような何かが解れて、清廉で穏やかな力へと整えられて行くのを感じていた。
動から、静へ……あるべきものを、あるべき場所へ。
そうして紡ぎ直された魔力にのせて、リアは僕も知らない『言葉』をところどころ聞こえないような掠れ声で織り交ぜて、ぽつりぽつりと歌うように魔法を編んだ。
《アレステ・ラ・ヴォーク、ケルネレ・アルトラリオ・ウェスティジオ……ティオ・エスカ、ネクシア・カロー……レヴィ・レムナント》
皮膚の裏に潜んでいるであろう亀裂が一瞬だけ眩い光を放ち、やがて収まるのと時を同じくして僕の中を巡っていたリアの魔力がスゥと引いて行くのを感じた。知らず圧倒的な力を前に肩が強張っていたのか細く息を吐き出せば、リアもまた安堵するような息を落として微笑んだ。
「……大丈夫そうなの?」
「うん、エルみたいに完璧ってわけには行かないけど……ほら、もう立って歩けるよ!」
寝続けて元気がありあまっているのか、勢いよく立ち上がったリアが意気揚々と大手を振って歩き始める。魔法で骨を継いだであろうとは言え、その驚異的な回復力に思わず顔が引き攣るのを感じた。
「あっ……とと、うわぁッ!」
「ったく……」
このお子様に色気なんてものを期待してもムダなのは分かっていても、あまりに情けない悲鳴をあげて見事にずっこけるリアに、半ば呆れながら腕を差し出して受け止める。普段なら気にも止めないような木の根に足を取られているようでは、やはりまだ本調子ではないのだろうと溜め息を吐きつつ判断した。
「前方不注意……馬鹿なの? 何のために僕が魔力を貸し出したと思ってるワケ?」
「うぅ、ごめんなさい。動けるようになったのが嬉しくて……」
お前はやっぱり野生動物か、そうなのか。
「はぁ……実際のところ、治り具合はどうなの」
「歩くには歩けるけど、まだちょっと痛いです……でも、これくらいなら我慢できるし」
しょんぼりと肩を落とすリアに、僕は仕方ないかと思いながら既にまとめてあった荷物を、目をパチクリとさせている彼女の背に括りつけて、火の元の確認を済ませてから背を向けしゃがみこんだ。
「ほら、行くんでしょ……突っ立ってないで、とっとと乗って」
「えっ……でも、それだとシエロが」
「進みは遅くなるだろうけど、無理して歩いて後遺症が残ったり、いざと言う時に戦えなくて死ぬ方が馬鹿でしょ。ちょっとでも悪いと思うなら、魔法のことなんか気にしないで体重とか軽くしてくれると助かるけど」
そう早口で並べ立てれば、迷いを見せていたリアは口の中で何かを呟いた後、おずおずと僕の背に身を預けた。本当に自分を軽量化するなんて芸当をやってのけているのか、昨日の意識が失っていた時に運んだよりも、ずっと軽くて目を見開く。
「……これ、戦闘の時とかに使えたら便利そうだけど」
「素早く動けるのはいいんだけど、刃に重さが乗らないから使いどころが難しくて。これ以上軽くすると身体の制御が効かなくなって、簡単に吹っ飛ばされちゃうんだよね」
「試したのかよ……」
そんな軽口を叩きながら、一歩一歩しっかりと踏みしめて歩く僕達を、やはり導くようにしてユニコーンが滑るように歩んで行く。
いつものように、いつもよりは少しだけ近い距離で。だから僕達は、もう大丈夫だと。愛しい熱を抱えて、進んで行く。
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