02 地下大空洞の試練 ⑫
僕が仕留める時に雷撃で黒焦げにしたからか、それとも血抜きが遅れたせいなのか、はたまた調理法が悪かったのか……見た目だけは最高に美味しそうだった串焼き肉は、煤けた苦味の中に独特の生臭さが凝縮され、ギトギトした脂と土と血の味が混じり合って最悪の不協和音を撒き散らしていた。
何度も吐きそうになりながら最後の一欠片まで胃袋に収めて、命の最後の一滴まで無駄にしないためには、それ相応の知識と技術が必要なのだと思い知った。
(……僕には必要ない、とか)
そう思って目を背けて来たことも、そう言い聞かせて諦めてきたことも沢山ある。だからこそ巻き戻すことの出来ない時間があまりに惜しく、愚かだった過去の自分を呪う他に術がなかった。
自戒の念をこめて丁寧に後始末をしてから、結局のところ一度も目を覚ますことのなかったリアのそばに膝をつく。今だけは目覚めてくれなくて良かったと、そんなことを思いながら苦しそうな表情で眠る彼女の髪を撫でる。
(そう、今だって)
少し前から痛みが増して来ているのか、苦しそうに息を吐きながら熱に魘されているリアに、少しでも痛みが紛れるようにと寄り添い祈ることしかできないことが歯痒い。こんな時、目の前で苦しんでいる大切な人の痛みを癒やすことも出来ずに、何が『魔法使い』だと吐き捨てても、世界が医学の進歩を拒んでいる事実は変わらない。
どれだけの時を経ても……いや、時を経るほどに貴族連中の特権意識だけは無駄な増長を見せ、武功が立たない場において血の穢れに触れることは貴族の仕事にあらず、すなわち魔法使いの仕事ではないと忌み嫌われる風潮はますます強まっている。戦場で華々しい戦果を挙げる、つまりは効率的に人を殺す術ばかりを磨いて、失うばかりで何も生むことのない力への探究を、ほんの少しでも人々の生活を便利にすることや命を救うことに向けたなら、どれだけ世界は豊かになることだろうかと思っていた。
(それでも貴族連中は無能ばかりだと嘆くだけで、何の行動も起こさない僕は……きっと彼らよりも性質が悪い)
そうして何もかもが他人事のまま、傍観者として生きてきたツケが今この瞬間に回ってきたのだと知る。医学に対する偏見は特に無いけれど、だからと言って積極的に学んだことも無いために、ちょっとした切り傷程度しか治せない身が恨めしい。
少し前までの僕だったなら、行き過ぎた自信とプライドが邪魔をして、出来ないことを出来ると言い張ってリアの骨折を知ったかぶりで治そうとしたかもしれない。今の僕は、かつて信じていたよりも自分が弱く無知であることを知っているから、だからこそ勝手な医療行為なんてものに手を出すなんて恐ろしいことは出来なかった。
きっと、何も知らないままの方が幸せだった。それでも僕は知ることを選んで、現実と向き合う痛みを選んだ。その選択を後悔することはないし、だからこそ今を受け止めるべきで。
それでも。
(ああ……痛いな)
実際に怪我を負っているのはリアで、彼女はもっと痛いはずで。今までと何も変わらない他人事のはずなのに、その苦しみを取り除くことも肩代わりさえも出来ず、ただ見ているだけの時間はこんなにも痛くて……どうか、と信じてもいない神に願いをかける。
世界から護るように包み込んだ指先が、いつもとは打って変わって冷たく強張り、このまま目が覚めなかったらと得体の知れない不安に呑まれそうになった時だった。
ふわり、と。
静かな熱が寄り添うように触れて、錯覚していた引き攣れるような痛みがスゥと引いて行くのを感じる。ハッと目を見開けば、僕達の手に不揃いな角を避けるようにして額を寄せたユニコーンが、祈るように瞳を閉じて仄かな光を纏い佇んでいた。
その光景はあまりに神聖で、呼吸すら許されないほどに侵し難いものに見えて。僕は息を呑んだまま、その祈りをただ震えながら見つめていた。
やがてリアの苦しそうな呼吸は少しだけ穏やかなものになり、その額に浮き出た玉のような汗を恐る恐る拭えば、意識が浮上し始めているのか甘えるように頬を指先に寄せてくる。確かに今朝も、ユニコーンが近くに寄ると痛みが和らいだように見えたことを思い出し、あれは偶然ではなかったのだと月のように輝く美しい獣を仰ぐ。
それは相変わらず何を考えているのか分からない、どこか透徹した瞳で僕を覗き込み、確かな意志を持ってゆっくりと瞬いた。この生き物は『特別』なのだと、肌に刻まれる感覚で跪きそうになる。それがどうして見知らぬ世界からやって来た僕達に寄り添い、先導し始めたのかは分からないが、少なくともリアが関係していることだけは確かだった。
この特別な獣は、見ず知らずの彼女のことをきっと本能で理解して、何かの目的を持って僕達を導いている。この地下大空洞の、最奥へと。
お前は何を伝えたい?
リアの何を知っている?
お前は……彼女は、いったい何者だと言うのだろう。
あらゆる疑問が泡のように浮かんでは消え、そのどれ一つとして伝える言葉を持たない僕は、やがて泥の中へと沈み込むような眠りへと落ちて行った。
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