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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ⑪

 

 どれだけの強さで張っているのか、ピンと伸びたその弓弦(ゆづる)は少し力をこめた程度だと、ぴくりとも揺らぐ気配すらなかった。まじまじと見れば覚えのない複雑で精巧な作りをしたコンポジットボウは、これだけ引きが重ければ確かに威力も強いだろうと、常に一撃で獲物を仕留めていたリアの姿を思い起こさせ、ついつい遠い目になってしまう。


(嘘でしょ。規格外とは思ってたけど……どんだけ馬鹿力、ッ!)


 忸怩(じくじ)たる思いながらも渾身の力をこめて弓を引き、ようやく矢を放ったかと思えば、こちらの苦労を嘲笑(あざわら)うかのように射た場所からコケネズミが走り去って行く。


「当たら、ない……」


 ひ弱な子どもだと陰口を叩かれながらも、こう見えて一通りの武芸は修めている。中でも弓矢は得意な方だと自負していたので、射ても射ても当たらない現実に目眩(めまい)がする。これまで引きの弱い弓に、動かない(まと)を相手として練習していたことを思い返し、実戦では大した役にも立たないことを身をもって思い知る。


 これはどう足掻(あが)いても今の僕では無理だと、あれだけあった全ての矢を射尽くした後で悟り、ここから帰ったら修練の内容を根本的に見直すことを心に誓う。


「……今だけだから、許してよね」


 誰にともなく呟きを落とし、逃げ去って行くコケネズミの背に雷撃を放つ。


《ファルガス……ピアッシモ》


 簡易的な陣を素早く敷き、今度こそ(あやま)たずコケネズミを貫いた魔法に歓声をあげそうになるのをグッと堪え、水辺に潜む他の動物を刺激しないようにそろそろと動く。水の中に顔面から倒れ伏した獲物に近付くと、ヒリつくような焦げ臭さが広がり眉を(しか)めた。


 見ればようやく仕留めたコケネズミはぶすぶすと煙をあげていて、少し触れただけで火傷しそうなほどの熱を感じた。もしかしなくても力を籠めすぎたのかもしれないと思い、溜め息を吐きながら魔力のコントロールも課題の一つとして書き加えておく。


 さすがにこのままでは持って帰れないため、小川の水で冷えるのを待っていると、何かを忘れているような感覚に襲われた。


「マズい、血抜き忘れた……」


 そもそもがあまり好きな作業でもないので、リアが血抜きを行うたびに目を逸らし気味だったのが悪かったのかもしれない。慌てて獲物の首筋を切り裂くも、僕のナイフ(さば)きが悪いのか血抜きが遅すぎたのか既に血の出は悪く、どことなく黒っぽく変色し始めている血液が滔々(とうとう)と川を流れて行くのを、ただぼんやりと眺めていた。


 皮を剥ぐのも肉を骨から剥がすのも、意外と力の要る大変な作業で、全てが終わって適当な葉に包み終わる頃にはとっぷりと日が暮れ、遠く岩壁から差し込む光は鈍い朱色に染まっていた。疲労に熱を持った腕に包みを抱え、なんだか火打ち石と格闘していた時よりも、どっと疲れた気分で野営地へと戻る道なき道を辿る。


 それほど遠くへは離れていなかったはずなのに、鬱蒼(うっそう)とした森に囲まれて遠くまで見渡せない中、まさか方向を間違ったんじゃないかと不安に思い始めた頃、木々の隙間にチラチラと揺れる炎が見えて家に辿り着いたかのような深い安堵を覚える。焚き火は大事だと、リアが口を()っぱくして言っていた理由が分かったような気がした。それもこれも、マスター・フィニアスの受け売りだとも言っていたけれど。


「ただいま……っと。なに、どうしたの」


 荷物を下ろすなり、跳ね起きるようにして僕の脇腹に鼻面をこすりつけるユニコーンに、戸惑いながらも背を撫でれば暫くして落ち着いたのか、するりと離れて(とが)めるような視線が帰る。


「仕方ないでしょ、思ったより狩りって大変なんだよ。野生のお前に言うのもアレだけど」


 これは帰りが遅かったのを怒っているのかと解釈し、そんなことを言い訳すれば、理知的な瞳にじとりと湿度が宿ったような気がした。そんな無言の抗議を見なかったことにして、小さくなりかけていた焚き火に枝を投げ込み、リアの足に巻いた布を冷やし直して彼女の額に浮いた汗をそっと拭う。


「……ごめん」


 誰も聞いてなんかいやしないのに、不意にそんな言葉がこぼれて。どことなく震えた言葉の端から、自分が思っていた以上にこの状況で弱っていることを知る。


(しっかりしろ)


 何度目ともしれない言葉を自分に言い聞かせ、肉の調理に専念する……とは言っても食材を自分で調達したのも初めてなら、何が食べられる草や木の実なのかを見分ける能力も持ち合わせてはいないため、本当に岩塩を振りかけて焼くだけの料理とも呼べない代物(しろもの)だ。


 そもそも自分で料理をするようになったのだって、イゾルデの食堂で面倒な奴らに絡まれたりウザったい視線を避けるためで、最初の頃は野菜を切ることさえままならなかったと思い返す。今日は本当に色々なことがあったと細く息を吐きながら、枝に刺した肉にじっくりと火を通していると、胃袋を刺激する野性的な匂いが辺りに漂い始める。


(……まだ、目は覚めないか)


 何かの殻に閉じこもるように眠り続けているリアに、どうにか水だけでも呑ませておく。この状態が長く続くようなら、なんとかして栄養を取らせる方法を考えなければと思いつつ、そろそろ良い塩梅(あんばい)に焼けてきた串焼き肉をなんとなくユニコーンに差し出してみる。


「お前って、肉は食べるのかな……食べなそうだけど」


 ユニコーンは差し出された串から嫌そうに顔を背け、僕から離れて近場の草を()み始めた。気付けばところどころ地面が剥げていて、なるほど草食なのねと思いつつ気兼ねなく肉にありつくことにした。


 空腹の限界を訴える胃袋の音を聞きながら、こんなにも食事に飢えたのは生まれて初めてであることに気付く。ぽたりと滴る(あぶら)が、最上級の食材と料理人の腕を振るったものよりも美味(おい)しそうに見えて、これ以上は耐え切れそうもないと勢い良くかぶりついた。



「――――っ」



 そしてその肉は、この世のものとも思えないほど……マズかった。







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