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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ⑩

 

 とにかく、まずは何をさて置いても焚き火だと、リアのナイフと火打ち石とやらを拝借してカチカチとやってみる。やっては、みたのだけれど。


(火花すら散らないって、なに……)


 打ち付けが足りないのかと力をこめてナイフの背を叩いてみても、いっこうに火種どころか熱すら起きそうにない。途中で火口(ほくち)さえ準備していなかったことに気付き、リアの言っていたことを思い返しながらガマの穂を見つけたので用意してみるも、そもそも火花が散らないので燃え上がるどころの騒ぎではない。


「くっそ……あぁぁあああもうッ!」


 他人様には聞かせることのできないような悪態を吐きつつ、かれこれ小一時間ほど格闘して少しずつ火花を散らせるようになってきた頃、ようやく僕は普通の人間はナイフでなく、専用の火打金というもので火を()けるのではなかったかと思い出した。


(なに、コイツは本当に何なわけ……ナイフの背なんかで火が点くかっつーの!)


 それでも彼女は、実際のところ日々やすやすと火を(おこ)していたわけであって。改めてリアの野生力(?)の高さに感嘆しつつ呆れつつ、彼女の足首に巻いたシャツを冷やし直しに行ったり、苦しそうな汗を拭ったり水を呑ませたりと、僕の人生史上最大級の甲斐甲斐(かいがい)しさを見せながら石とナイフをカチカチさせていた時だった。


「っ、点いッたぁっ、とととぃッ」


 長い長い闘いの末にようやく手にした火口を無駄にすることはできないと、リアが見せていた手順を思い返しながら慎重に火を育てて行く……が、見るからに不格好な薪の組み方のせいなのか、それとも根本的に何かが間違っているのか一向に火が大きくならない。


 リアはあんなにもアッサリと全てをこなしていたにもかかわらず、火を熾すことさえ満足に出来ない自分に涙が滲みそうになるのを(こら)え、どうにも頼りないチロチロとした炎に溜め息を吐きつつ手近な小枝を投げ込み続ける。



 ぐぅ、と。


 こんな時にでも腹は減るもので、そう言えばと食料のことを完全に失念していたことに思い至る。明かりは十分にあるとは言え、曲りなりにも地下であるから時間の経過が分かりにくいけれど、とうの昔に昼を過ぎている頃だろう。


(さすがにそろそろ、食料調達に行かないと……)


 暗くなってから見知らぬ土地でする狩りは、獰猛(どうもう)な動物に襲われたり慣れない地形に足を取られる可能性や、道に迷って野営地に戻れなくなる危険があるとリアが言っていた。そうでなくても闇夜の森をうろついて、ただでさえ数歩先を見ることもままならないのに、狙った獲物を手に入れることなんて出来るはずもない。


 問題は、この状態のリアを一人で置いて行くことだった。そもそも彼女が保存している肉もまだ残っているから、絶対に狩りに行かなければならない理由はないけど、何かあった時のことを考えると確実に手元にある食料に手をつけることは(はばか)られた。どうしたものかと悩んでいると、不意に微睡(まどろ)んでいたはずのユニコーンとバッチリ目が合ってしまう。


「……お前、留守番頼んでもいい?」


《キュゥ》


 こちらの言葉を理解しているかのように短い鳴き声を返し、堂々と頭をもたげて周囲を伺う姿勢を見せるユニコーンに対して、僕が逡巡したのも一瞬のことだった。


「分かった……ありがとな」


 これが正解なのか分からず、恐る恐るたてがみを撫でれば目を細めて喉を鳴らす。こうして見ると、馬よりも猫みたいだななどと現実逃避気味に考えつつ、リアの弓矢を拝借して野営地を後にした。かつての僕だったら、見ず知らずの動物に怪我人を預けるなんて考えられなかったことだけれど、こういうところが感化されているなと思う。


(でも、多分コイツは大丈夫……だと信じよう)


 少なくとも、見ず知らずの人間よりは信頼が置けると皮肉を吐きつつ、黙々と川沿いの道を下って行く。この地下大空洞に入ってから、リアが仕留めた獲物の中で僕が狩れそうなものは、昨日の野営で食べたばかりのコケネズミくらいしか思いつかなかった。


 毒性のある生き物もいるとアイツは言ってたし、何より飛んでいようが木に止まっていようが鳥の類を撃ち落としたり、儀杖を(もり)代わりに魚を一突きにしたり、蛙だのトカゲだのを捕まえるための罠を仕掛けたり、更にはそれを調理したりなんて僕には出来そうもない。


「ぁ、いた」


 狙い通りと言うべきか、川沿いに歩いて行くとコケネズミの群れがたむろしている場面に出くわし、谷底に落ちても目当ての獲物は存在したことに胸を撫で下ろす。正直、()の悪い賭けではあった……と言うのも、ここに来るまでに通った道々で生えている草木を見て来たけれど、どれ一つとっても崖の上では見かけなかったような植生だったのであって。


 蜘蛛の巣のように複雑な根を地面に表出させた木々。見慣れた背の高い針葉樹とはまるで異なり、青々とした大ぶりの葉を繁らせる低木。縦横無尽に伸びる蔓性の植物に、目にも鮮やかな極彩色の花には、虹を溶かし込んだような翼を持つハチドリが蜜を吸っている。


(本当、狂った世界……)


 眼の前の光景は見慣れないものに(あふ)れ、色鮮やかで美しいにもかかわらず、あるべきものがあるべき場所におさまらない感覚に気持ち悪さを覚えて目を逸らす。崖の上に比べてどこか湿度が高く、じとりと肌にまとわりつく気配にも既に嫌気がさしていた。


 早くここから出るためにも、リアの怪我を何とかする。そのためにも腹ごしらえだと、コケネズミの繁殖力に感謝しつつ、獲物に狙いを定めてつがえた矢を引き絞……れなかった。



(っ、はぁ?)







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