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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ⑨


 *


 嫌な夢を、見ていた。


 目が覚めると、大切だった人がいなくなっている。

 残された手紙に泣き崩れる母上と、その背を震える手で撫でた兄上。

 抱き締めてくれた優しい温もりが、いつしか本当の意味で消えたことを知る。

 届けられた知らせに笑顔を失った父上も、僕達も何もかもが変わってしまった。


 言葉と暴力の雨に、少しずつ壊れて行く世界。

 指先からこぼれて行く命と、もう二度と僕の名前を呼ぶことのない声。

 光の()さない部屋に独り膝を抱え、植物のように眠ることしか出来なかった日々。

 憤怒。憎悪。怨嗟。僕の中に反響し続けるもの。

 僕は僕から全てを奪った者達のことを、(ゆる)しはしない……永遠に。



 *



「許さ、ない……っ」


 夢だと、分かっていた。


 それなのに目の前が赤く染まり、血の匂いが肺まで満ちるような感覚がした。頭が割れるように痛く、全身が引き千切られているような心地さえする。それでも僕はまだ生きていて、頭から爪先まで五体満足のままだった。


「ッ、リア」


 ハッと身体を起こして辺りを見渡せば、ほど近い場所に求める姿はあった。


 わざわざ崖の上から追いかけて来たのか、あの白銀の……馬のような獣が、横たわるリアを護るようにして寄り添っている。彼女の胸が浅く上下しているのを確認し、生きていると安堵の息を吐く。


「リア……リアッ……」


 近付いて呼びかけるも返事はなく、恐慌状態に(おちい)りかけている自分に気付く。


(……僕が、しっかりしないと)


 そもそもリアに頼り切っていたのが、間違いなく今回のような事態を招いた理由の一つだ。あの時もっと、何かできたんじゃないかと後悔することに意味はない。


 今この瞬間から、彼女を守って生き延びる(すべ)を死ぬ気で探せ。


(まず、どうしてたっけ……)


 セルゲイに難癖をつけられて決闘をする羽目になった時、彼を吹っ飛ばして気絶させたリアの行動を思い返す。呼吸は確認した……脈は、多分問題なくある。後は瞳孔(どうこう)を確認していたはずと思ったものの、何が正常で何が異常なのかも分からず歯噛みする。


 異常があったところで何ができるわけでもないことに気付き、自分の無知を呪いながら外傷の確認に移った。


「う、わ……」


 冷静に見れば、彼女の右足首はあらぬ方向へと曲がっていて、既に紫色に変色し始めていた。着地の時にありったけの魔力をこめて衝撃を緩和したつもりだったけれど、それでも全ての力を殺すことは出来なかったんだろう。明らかに折れていると理解し、乏しい知識で添え木になりそうなものを求めて周囲を見渡す。


 そうして初めて、この谷底が『墓場』であることに気付く。苔むした地表は僕達を受け止める緩衝材の役割を果たしたのだろうが、その上には無数の骨が散らばっており、また苔に取り込まれつつ風化している。


 力尽きた鳥の(むくろ)。明らかに喰い散らかされた跡の残る鹿の骨。つい先刻、僕達が突き落とした赤目のグリズリー。そして僕達のように、この地下大空洞へと乗り込んだ人間達の成れの果て。あれはいつ息絶えるのかと、目を光らせて翼を開くハゲタカの群れ。


(……ここを、離れないと)


 僕は背に腹は変えられないと鹿の骨を手に取り、服の裾を引き千切ると添え木の代わりにしてリアの足首を固定した。ひどく不格好だったけれど、何もしないよりはマシだと自分で自分に言い聞かせた。


 意識を失ったままのリアを、出来る限り足首に刺激を与えないよう慎重に抱き上げ、なんとかして背負えばずっしりと重く、ともすれば小動物か妖精かのようにも見える彼女がちゃんと人間で、生きていることを今更のように知る。


 ここから一歩も動けないような錯覚に陥るほど重い脚を引きずって歩き出せば、一部始終を見守っていた白銀の獣も立って歩き始めた。僕を先導するように歩くその獣には、まだ完全でないものの角のような何かが生えていて、もしかしなくても文献の上でしか読んだことのないユニコーンなのではと思い至る。


「……お前って本当、トンデモな生き物に好かれるよね」


 当然のように返事はなく、それからは黙って歩いた。ひと一人がこんなにも重いことを、生まれて初めて知った。


 僕の背中で昏々と眠るリアは、少しずつ熱をもって苦しそうな息を吐き始めた。これは本格的にマズいかもしれないと焦りを覚えた頃、先に立って歩いていたユニコーンがふと足を止めた。


 これまで必死に歩いていたからか気付かなかったものの、いつしか小川のせせらぎが響き、少し森の開けたような理想的な野営地へと辿り着いていた。リアをそっと横たえてから荷物を降ろし、先刻よりも明らかに腫れを増して熱を持っている患部を冷やそうと、魔法を紡ぐための『言葉』を考え始めた時だった。


『魔法以外のことで済むなら、できるだけ他の方法を使わなきゃだよ』

『いや、その肉はどうなの……』

『これはあんまり魔力使わないし、冷やしておいた方が安全だから良いの!』


 そんなガバガバ理論を振りかざし、とは言っても確かにリアは肉を冷やす以外に(ほとん)ど魔法を使っていなかったことを思い出す。


(……これも、広義の意味では肉、か?)


 一瞬そんな考えがよぎるものの、思い切ってシャツを脱いで上着だけになり、近くの水場で冷やしてリアの足首に当てた。こんな時にリアなら、冷やすのに適した葉とかを知っているんだろうと思いつつ、これまでの野営を思い返しながら息を吐く。


「あっ、おい……ちょっと」


 相変わらず何を考えているのか分からない、()いだ瞳で僕達を見つめていたユニコーンが、僕の作業が終わったのを見てリアの隣に寄り添うようにして座った。不意な動きで怪我が刺激されたらと言う僕の心配を他所(よそ)に、荒く苦しそうな息をこぼしていたリアが表情を和らげたことに、もしかしたらコイツの力なのかと目を見開く。


「……ありがと」


 とりあえず礼を呟いておけば、やはりユニコーンは何を考えているのか分からない表情で、それでもどこか甘く喉を鳴らした気がした。







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