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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ⑦


「今日も美味しかった……ありがと」


 野営にしては豪勢すぎるような食事を終えて、素直に感謝を告げる。


「うん!」


 ここ一番の笑みを見せて、いそいそと後片付けを始めるリアを細々(こまごま)と手伝いながら、僕はずっと気になっていたことを口にした。


「それにしても、日に日に食材の幅が謎すぎる方向に進んで行ってる気がするんだけど」


 この三日間で酷使しているナイフの手入れを始めたリアは、その刃を丁寧に拭いながら難しい表情を浮かべた。


「シエロの感覚は、間違ってないと思う。なんて言えばいいのかな……私達は割と慎重に進んでるから時間がかかってるけど、この地下大空洞は一週間くらいで踏破してる人達もいたよね。だから、全体像としてはそこまで広くは無いと思ってるんだ。今は森の中を登ったり下ったりしながら、深層へと向かってる感じで」


 この視界を遮る森と高低差の変化は、僕達が今どのあたりにいるのかを見失わせる最大の障害になっていた。自分で意識して魔力痕跡の糸を残していれば、既に通った場所に戻って来ていないかどうかも、次に自分がどの方角へ行くべきなのかも容易に分かる。


 先達が残した指南書とやらにも、当然ながら自身の魔力痕跡を(しるべ)にするように指示があったけれど、マスター・フィニアスの忠告とリア自身の『嫌な予感がする』と言う言葉に従い、僕達は本当に必要最低限の魔法以外は使わず地下大空洞を進んでいた。


(……絶対、前代未聞でしょ)


 まあ、いつだってそうなんだけど、とも思う。それもあって、僕達の歩みはリアの『野生の勘』に頼りつつ、周囲の気配に警戒して進む非常にゆっくりとしたものだった。


 それでも、こうして注意を払わなかった人々の代償は、既に目に見える形で僕達の前に(さら)され始めていた。


「シエロも、気付いてるよね」


 彼女の言葉が何を指しているのかは、明白だった。先へ進むにつれて、立ち現れる白骨の山……その中に、人間のものが増え始めていた。


「ここには、確かに『何か』がいる」


 リアのように知覚が鋭敏でなくとも、得体の知れない何かの意志のようなものが(うごめ)いている感覚がしていた。そうでなくとも死体が増えると言うことは、それに値する脅威が存在することに相違なかった。


「指南書に書いてあった脅威だけど、人によって種類は全く違ってたよね……巨大な狼とか、吸血コウモリの群れとか、骸骨騎士とかまで色々あって。そのどれもに、私達は出会ってない。でも、この森に足を踏み入れた瞬間から『視線』を感じてる。何かに、一挙手一投足を見張られてるみたいな」


 考え込むような表情を見せる横顔は、ついさっきまでの無邪気な笑顔とは打って変わって、研究に没頭している時の年齢不相応なものになっていた。


「さっき、この場所はそんなに広くないはずだ……って言ったけど、想定してる規模じゃ考えられないくらいに、植生がめちゃくちゃに変化してる。サンチョークも、私が知ってる花とは微妙に違うから一瞬分からなかったし、何より今日のコケネズミはあんなに長い牙がある種族じゃないはずなの。少しずつ、何もかもが(ゆが)んでて……その歪みは深層に行くにつれて、どんどん大きくなっていくのかもしれない」

「……まるで、一つの世界を凝縮して詰め込んだみたいに?」


 僕の言葉に、リアは頷きを返して目を伏せた。


「何かを見落としてる気がするのに、それが何か分からなくて、警戒することしか出来ない。いつもならマスターとか、エルとかオロケウが何もかも知っててくれるのに。正解が分からないのって、こんなに怖いんだ」


 そう言った彼女の瞳は、時折見せる消えてしまいそうな不安定さで揺れていて。それから全ての道具の検分を終え、あるべきものをあるべき場所へと収めた彼女は、ふと立ち上がって僕の隣に腰を下ろした。


 ぽすりと預けられた肩は、ともすれば簡単に折れてしまいそうな程に小さくて、それでも生きている熱を与えて来た。強く、強く……こんなにも近く、鼓動を感じていた。


「本当の意味で『家族』から離れたのって、これが初めてなの。森の掟に従って一人で狩りをした時だって、危なくなったら森の仲間のところに帰る選択肢も、エルに助けてもらうことだって出来た。だからイゾルデに来たばかりの時も、どうしたら良いのか分からなくって、立ち止まってばかりだった。多分、覚悟が足りてなかったんだと思うの」


 ぽつりぽつりと語られる言葉に、どうして彼女はこんなにも強く在れるのだろうと考える。果たすべき使命があるから。叶えたい願いがあるから。彼女を待つ誰かがいるから。どれも、それだけでは足りない気がして。


 十分なんじゃないのか、と……そう思うことは、ある。もうお前は、十分に頑張ってるんじゃないかと。だからこそ、お前らしくいれば良いと伝えたつもりだった。


 それでもリアは、いつだって先へ先へと手を伸ばすから。


「でも、こんな場所まで来ても……私が歩き続けられるのは、シエロがいるからなんだ」


 ごく自然に、息を吐き出すようにそっと紡がれた言葉に、心臓の音が聴こえた。


「いつも隣にいてくれて、ありがとう」


 ゆるゆると微睡(まどろ)みに溶けた声で、ふにゃりと笑った横顔に、僕は呼吸も忘れて見入っていた。どうしてこんなにも、心臓の奥が引きつれるみたいに痛いのか、分からなくて。


 僕の内心も知らずに、無防備な笑顔のままうつらうつらとし始めたリアに、僕はそっと彼女の頭を引き寄せて肩を貸した。


「今日は先に寝なよ……火の番は、僕がしてる」

「ん………」


 頷いて、あっと言う間に穏やかな寝息を立て始めたリアは、焚き火から受ける熱よりも暖かかった。僕の服の袖を掴んだまろい指先に、まだこんなにも小さいのだと突きつけられたような気がして。


 彼女を起こさないように反対側の手で小枝を掴み、闇夜を照らす炎へと投げ入れれば、ぱちりと火花を散らしてはぜた。ちろちろと燃える白炎のように、揺らぐ心が静かに溶け行く。



 長い夜が、始まろうとしていた。



 *








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