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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ③

 

 不意に響いた声に、静かな雰囲気で話していた二人が勢い良く振り返る。


(相変わらず、普通に登場できないのか……この人は)


 四肢も頭も上手く働かないままに、それでも慣れ親しんだ気配を間違えるはずもなく、声の無い溜め息を吐いて(わら)の寝床へと身を沈ませる。


 どうにも素直には認めたくないところがあるものの、心のどこかに『あの人が来たならば大丈夫だ』と言う安堵があって、知らず張っていた気が緩むのを感じていた。どちらかと言えば騒ぎを起こしてばかりのように思っていても、いざと言う時に頼れるのは彼をおいて他にはないと本能が知っていることは確かだった。


「……これは、フィニアス様」


 どこにいようが飄々(ひょうひょう)としている私の兄弟子と、彼に対しては常にどことなく緊張感のあるライナスが向き合って、腹の読めないような笑みを浮かべているであろう姿が手に取るように分かる。


「さすがは鼻が効くことで、ライナス殿。私よりも速く駆けつけるのであれば、貴方だろうと思ってはいましたが……ご挨拶が遅れて申し訳ない、お邪魔しておりますマダム」


 優雅に礼を取ったフィニアスに、エマがぽんと手を打つ音が聴こえた。


「ああ……アンタのことなら、そこでぶっ倒れてる魔法使いから聞いてるよ。いっつも喰えないニコニコ顔で、崖から飛び降りさせたり毒薬を飲ませたりしてくる、困った兄弟子の魔法使いだろ」

「ほぅ……ナサニエルが、そんなことを。口さがない弟分で、世話をかけております」


 変わらず穏やかな声ながらも、絶対零度の静かな怒りが滲み出るのを肌で感じ、どう足掻(あが)こうとも逃げ出すことの叶わない現状に冷や汗が背筋を伝う。こんな時ばかりは主への忠誠心も投げ捨て、腕の中でふるふると震えるばかりのラスをいっそ哀れに思う。


「それでも何かあった時、一番頼りになるのはアンタなんだってさ。兄弟子ってよりも、どっちかと言えば師匠だ……とか訳の分からんことを言ってたけど、この魔法使いが言うんなら凄い人なんだろ。リアを預かったのもアンタだって聞いてるけど、こんなところに居て良いのかい」

「……アレは、良い師を得ましたからね。私が(そば)におらずとも、勝手に育ちます。それよりもまずは、この『馬鹿弟子』の始末をつけなければ」


 極寒の気配をふと収め、音もなくこちらへと歩み寄ったフィニアスに、堪えきれなくなったのかラスが私の腕からスルリと抜け出し、部屋の隅へと駆けて行ってふるふると震え出した。何年経ってもフィニアスに慣れないフェザーラビットに、気持ちは分からなくもないがと思いつつ浅く息を吐いた。


「赤の他人に、己のことを語る日が来ようとは……貴方も変わったものですね、ナサニエル」


 いつになく柔らかな声を落とし、膝をついたフィニアスが懐から……何やらどす黒い液体の入った硝子(ガラス)の小瓶を取り出した。反射的に身構えるような姿勢を取ったライナスに、フィニアスは心底面倒臭そうな顔でヒラヒラと手を振り、その細腕で私を抱き起こすと小瓶の中身を口に含ませた。


 途端に舌を刺すような苦味と、()けつくような熱が喉奥を滑り落ちて行くのを感じ、現実から逃れるように口の中の劇物について思考を巡らせる。


(ッ……味は酷いが、調薬は正確に成されている。少なくとも毒ではない。恐らくはペリウィンクルの葉に、サザンウッドの種子、僅かながらアコナイトが含まれている。毒性の相殺にハジケスナガエルの油、涙鈴蘭(なみだすずらん)の蜜……ここまでは正道ではある、が)



 どくり、と。


 脳の奥で血管が脈打つ感覚に、私は乾ききった唇を軽く舐めて口を開いた。


「『隠し味』はドラゴンの心血(しんけつ)、か……相変わらず国宝級の代物(しろもの)をポンポン使う」


 指先まで滞りなく血液と魔力が巡り、麻痺したようであった喉から絞り出すように声をあげれば、死にかけていた身体機能を取り戻そうとしてか目の奥に痛みと熱が走る。


「ネイト……!」


 ほとんど悲鳴のような声と共に駆け寄るライナスに、フィニアスが土嚢(どのう)か何かのようにポイと私を投げ渡し、どこか疲れたような表情で口を開いた。


「私は貴方ほど魔法薬の調合に手慣れておりませんから、手っ取り早く材料で補っているのですよ。ご安心を、どれも自前ですので……全く、世話の焼ける。医者の不養生とは、このことなのでは?」


 そんな憎まれ口を叩きながらもテキパキと私の脈を取り、瞳孔を確認し……と甲斐甲斐(かいがい)しく医師のごとき働きを見せるフィニアスをぼんやりと眺めていれば、ふとエマが呆気に取られた表情でこちらを見つめていることに気付く。


「……その、魔法使いってのは、みんな『こう』なのかい?」

「「彼が特殊なだけです」」


 予期せず被った言葉に、思わず顔を見合わせる。どうにも気不味(きまず)く視線を逸らせば、フィニアスは何事も無かったように立ち上がり、軽く手を(はた)いた。


「まあ、特段の問題は無いでしょう……いえ。新たな問題は無い、と言うべきですか。分かっていますね、ナサニエル」


 それが、己の血に流れる『呪い』のことを指すと理解し、私は浅く頷きを返した。


「……本当に、リアには君の身体のことを言わないつもりかい?」


 珍しく遠慮がちなライナスの言葉は、恐らくこれまでに幾度も議論を重ねてきた話題だからであり、そしてエマの存在を意識してのものだった。


「お前の抱えた問題と、私の問題は似ているようで異なる。リアはお前の『病』を治せると直感し、私も可能性はあると踏んだ……だから、行かせた。それは彼女の選択で、我々が曲げるべきものではない。彼女に私が伏せた事情を語れば心は揺らぎ、その道行きの邪魔になるだろう……そして例えリアに語ったとて、解決出来ないものは、出来ない」


 可能な限り感情を()めることなく断じれば、ライナスは何もかもを飲み込んで目を伏せた。私は優しすぎる友にかけるべき言葉も見当たらないまま、静観しているフィニアスを見上げた。


「リアは……行ったか」

「止めるべきでしたか」


 ゆらり、と長い髪を揺らして尋ねる兄弟子に、私は首を横に振って応えた。


「いや、貴方なら止めないだろうと思っていた。感謝する」

「……私は、何もしていませんよ。その点に関しては、貴方との約束を反故(ほご)にしたことを謝罪しなければと思っていました」

「それならば、事情はライナスから聞いている。王の命だ、仕方あるまい……貴方は、不遜(ふそん)にも駄々をこねたのだろうが」


 私の言葉に分かりやすく機嫌を損ねたフィニアスは、子供のように口を尖らせて視線を逸らした。


「本来ならば、あの小童(こわっぱ)の頼みなんざ聞いてやる義理はないのですが」


 それでも彼は、あの『人たらし』の王に弱いのだと知っていて、憎めない人だと心の奥で思う。こんな夜に、遠く国の果てまで駆けつけてくれた二人を見上げ、いつの間にか手の中で溢れていた大切なものを想った。


「……さて、まだ果たすべき仕事があるのだろう」


 何もかもを振り払うように強く断じれば、二人は表情を冷たく引き締めて視線を交わした。やはりと思いながら、この領域に巡らせた意識の糸を静かに伸ばして行く。


 時は、もうそれほど残されていないのかもしれない。


「でも、ネイト」

「私は、大丈夫だ……優先順位を見誤ってはならない。夜陰(やいん)に乗じて、行け」


 私の言葉に唇を噛んだライナスは、それでも頷いて立ち上がった。


「マダム、彼を……ネイトを頼みます」

「この魔法使いが、大人しくしてたらね」


 エマの軽口に返す余裕もないのか、珍しく堅い表情のまま部屋を後にしたライナスの後を、フィニアスが物言いた気な視線をちらりと寄越して(きびす)を返した。



 ガチャリ、と。

 戸が閉まり、二人の気配が去って夜の静けさが戻る頃、私は筋肉の退化で震える脚を叩くようにして立ち上がった。


「んで、早速『大人しく』はしていないつもりかい?」

「……私は、あの子の帰る場所でいなければ。そう、誓った」


 黙り込むエマに、私は深々と礼を取って告げた。


「世話をかけた、マダム。この礼は、必ず」

「別に良いよ、そんなの……でも、これだけは覚えておいで。大切なものほど、こぼれてくよ。その時は、一瞬だ」



 自らに言い聞かせるかのように、重く心を軋ませるような言葉が降り積もる。



「ああ、知っている」


 この身に染み付いた死の匂いが、何より雄弁に現実を語る。


 それでも、この手は既に送り出してしまった……故にこそ、祈る。




 どうか、その底知れぬ死地より、生きて帰れと。





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