01 戦火を知らぬ眼 ⑪
どこまでも冷徹な声と共に、硬質な魔力の結晶たる不可視の盾が眼の前へと立ち現れる。
「っ、がっ……!」
色も温度もない、それでも私を包みこむような球状に展開された防御魔法は確かにそこにあって、今にも振り下ろされようとしていた剣をセルギウスさんごと吹き飛ばした。
「マスター……?」
どうして、と思いながらぼんやりと見上げれば、マスター・リカルドはいつもに増して不機嫌そうな顔で盛大に舌打ちを落とすと、私の前に身体を滑り込ませて立ち塞がった。
その背中に、今この瞬間、たしかに私は護られているのだと感じた。いつもは不健康なくらい細い人だと思っていたのに、私の目の前に揺るぎなくある背中からは、群れの仲間を護るオロケウみたいに力強く、外敵に対して容赦なく鉤爪を振るうメクトゥシみたいに荒々しい気配が滲み出していた。
「第五階位セルギウス・バシュー、貴様をマスターの有する懲罰権において制裁する。学院則に則り、学院長より追って沙汰が下るだろう……同じ学問の徒に剣を向けた罪、決して軽くはない。覚悟するが良い」
そのどこまでも冷えた声と言葉に、床に崩折れたままのセルギウスさんは呆然と呟いた。
「そん、な……何故、俺が。何故マスターは俺でなく、その無能な平民に肩入れなさるのだ……俺は誇り高きエルディネ貴族で、第五階位まで上った有能な魔法使いで」
「それが、どうした」
応えがあると思っていなかったのか、それともその響きに滲む蔑みの色に怯んだか、ハッと顔をあげたセルギウスさんは蒼白な表情でマスターを見上げた。
「この学院で身分の貴賤が問われることはない。それは学院則に明記されている通りで、公然と自身の身分を振り翳すことは明白な学院則違反である。その点に関しては、前回の一件から貴様のマスターを通じて勧告が行っているはずだが、相違ないな」
有無を言わせないマスター・リカルドの確認に、セルギウスさんは恐る恐る頷きを返した。あの決闘については、私の知らない場所で色々なことが起きていたんだなと、今更のように……もしシエロに聞かれたら『危機感なさすぎ』とか怒られそうなことを思う。
「また、貴様はコレのことを『無能』と評したが」
マスターは半ば投げやりに私のことを顎で示し、言葉を続けた。
「確かにコレは馬鹿弟子だ……その一方で己の不足を知り、自ら研鑽を積み続けることの大切さを知っている。私は現状に甘んじ、他人を嗤い貶める他に能の無い……貴様のような『無能』がいっとう嫌いだ」
地を這うような声で言い捨てられた言葉に、無意識なのか震えながら後退るセルギウスさんへ、マスターは追い討ちとばかりにグイと顔を寄せて囁いた。
「二度と、北塔に足を踏み入れることは叶わないと思え……行くぞ」
身を翻して呟くように私へ告げたマスター・リカルドは、何事もなかったような表情で塔の階段を上って行ってしまった。私はマスターがああ言ったからには、きっと二度と会うことはないんだろうとセルギウスさんを振り返った。
「……さよなら」
何を言えばいいのか分からないまま浅く礼を取って、マスターの背中を追いかける。終始無言で研究室までの道を早足で歩んだマスターは、珍しく音を立てて扉を開け放すと、荒れ狂う魔力をまとったまま定位置の椅子に腰掛け、疲れ切ったように深々と息を吐き出した。
彼の機嫌が悪いのは割と『いつものこと』だけど、こんなにも手負いの獣みたいなピリピリした雰囲気なのは初めてのことで。
(マスター……怒ってる?)
いつにない彼の様子に、少し不安に思いながらその顔を覗き込めば、マスターは険しい表情のまま私の顔を見つめた後に、ふっと気配を緩めて浅く息を吐いた。
「何故、防御魔法ひとつ張らなかった」
「……シエロに反撃するな、つけ入る隙を与えるな、貴族に『正当防衛』の建前は通じないって口酸っぱく言われてたので」
「っ、取り返しのつかない事態に陥ったとしてもか。貴族に死ねと言われたら、貴様は唯々諾々と首を差し出すのかっ……!」
珍しく論理が飛躍した言葉を落とすマスターの横顔は、怒りよりも悲しみで満ちているみたいに見えた。こんな時、群れの仲間なら寄り添って、シエロやシドみたいな友達なら手を繋いで、エルやライみたいな家族なら抱き締めて、ここにいるよって『悲しい』を半分こすればいいのに、マスターにはどう伝えればいいんだろうと途方に暮れて立ち尽くす。
「その、普通に避けるつもりだったんですけど。セルギウスさん、剣はあんまり得意じゃないみたいだったし……だめ、でした?」
その昏く揺らぐ瞳を覗き込んで首を傾げれば、マスターは不自然にギシリと動きを止めて私を見つめた。しばらく黙り込んでいたマスターは、やがて頭痛を堪えるような表情を浮かべて頭を抱えた。
「そう、だった……貴様は『そう言う』奴だった……」
マスターは独りでひとしきり赤くなったり蒼くなったりした後、ギッと私を睨めつけて口を開いた。
「貴様は気付いていなかったようだが、あの剣には学生相手に使うにしては悪質な呪いの類が込められていた。少しでも触れていれば、タダでは済まなかったかもしれん……貴様の本分は、何だ」
不意にそう問われ、私は胸を張って応えた。
「それはもちろん、狩人です!」
「魔法使いだろうが、戯けっ……!」




