表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
193/277

01 戦火を知らぬ眼 ⑩

 私が迷いなく断ると、セルギウスさんは言葉を無くして立ち尽くした。平民に膝をついた……とかが、どれくらい大変なことなのかは分からないし、やつれ果ててしまった彼には同情するけれど、今の私に寄り道をしている余裕はない。


 そのままペコリと頭を下げて彼の横を通り過ぎようとすると、ハッと顔をあげた彼に強い力で腕を掴まれる。反射的に投げ飛ばしそうになるけど、口がっぱくなるくらいに『学内での私闘は厳禁』と、シエロに言い含められた言葉を思い出して踏みとどまる。


「その、離してくれませんか?」

「黙れっ、どこまでも魔法使いの誇りを汚す者め! 貴族からの決闘の申込みを断るなど、学院の外であれば死にあたいするぞ!」


 腰に帯びた剣の柄に手を当てて、今にも抜き放ちそうな様子で怒鳴り散らす彼に、自分の中の何かが冷えて行くのを感じる。私は少し考えて、シエロから言われていた言葉を思い出しながら告げる。


「私の兄弟子のシエロが『もしまた決闘なんて面倒なことに巻き込まれそうになったら、僕の名前を出して絶対に断れ』って言ってました。そもそも学院則で、私闘は厳禁ですよね」


 シエロの名前を出した瞬間、どうしてか彼の横顔が凍りつくのが分かった。それでも、相手にしているのが私であることを思い出したのか、すぐに勢いを取り戻したセルギウスさんは、強気な表情で私を見下ろして口を開いた。


「そのように馴れ馴れしい呼び名で。貴様、あれが何者なのか知らないと見える。無知な貴様に教えてやろう……あの男は」

「いえ、結構です。シエロは、シエロなので……知りたかったら、本人に聞きます」


 絶句するセルギウスさんに、途中で言葉を遮ったのはまずかったかなと思い直す。


「えっと……ご親切に、ありがとうございます?」


 これで良かったかな、と恐る恐る笑顔を浮かべて見上げれば、セルギウスさんは真っ赤な顔で震えていた。


「っ……愚弄しよってッ! もはや耐えられん、剣を取れっ」



 耳につく金属音と共に、彼は遂に腰の剣を抜いた。


《……抜イたナ》


 それまで私の肩で事の成行きを見守っていたナジークが、冷たくそれだけを呟いた。私は小さく頷いて、シエロから聞かされていた切り札を切った。


「学院則では、上位の者は下位の者から不当な扱いを受けた時、マスターの位を持つ者に願い出て罰則を下して貰うことが出来ると聞きました」


 私闘が禁止の学院において、演習でもないのに私とセルギウスさんとの間に決闘が成立した理由は、まさにこの規則にあった。当時、私とシエロは昇級試験のための『推薦』と言う形で、彼のマスターが試練の相手としてセルギウスさんを推挙したのだと考えていた。


 ただ、門番さん……もとい学院長が言うところには、推薦は推薦として試練の相手は勝手に決められるものではなく、私が最終的に戦ったのはマスター・リカルドで。それなら、あのセルギウスさんとの決闘は何だったんだろう、と不思議に思っていたのだけれど。後からシエロが調べたところによると、第五階位にあった彼がマスターに願い出て、私に罰則として上位の者からの『指導』を受けさせると言う抜け道を使っていたらしい。


「かつての私は罰則を受ける側でしたけど……今は違う」


 その言葉に、彼はハッとしたような表情で私の襟元を見つめた。シエロとシドと、三人で手に入れたサファイアのきらめき……そこに輝くのは、紛れもない第六階位の証。対する彼は出会った時と変わらない、第五階位の証を呆然とした顔で握り締めた。


「第五階位セルギウス・バシューに、第六階位レイリアが勧告する。学院則に基づき剣を収めよ。勧告に従わない場合、罰則対象として学院長に通報するものとする」


 シエロから習った定型句は、きっと永遠に使うことはないと思っていたのに、想像していたよりずっと流暢りゅうちょうに私の喉から零れて行った。


「そん、な……」


 表情を失った彼の剣先が、頼りなく揺らぐ。


「そうだ……あの決闘が終わった直後は、多くの者が貴様の不正を信じて疑わなかった。それが、どうだ。貴様が短期間のうちに上位へと駆け上がり、マスター・リカルドの庇護に置かれてからは、誰もが顔色を窺って口を閉ざした。それどころか、この俺に『膝をついた者』と後ろ指をさして、誰もが離れて行った……」


 ポツリポツリと呟かれる言葉に、やり場のない無念と怒りが滲むのを感じた。かつて取り巻きを引き連れて私を笑った彼は、今こんなにも独りだった。その孤独の痛みが、誇りを奪われた憎しみが、ぞくりとするほどの冷たさを伴って私を見据えた。


「貴様の所為せいだ……貴様さえ、俺の前に立ち現れなければ。貴様のような分不相応な者が、この学院の門をくぐることさえなければ。貴様さえ、居なければっ……!」



 ぶわり、と。


 膨れ上がった殺意が、私を貫く。


「ああぁぁああああっ―――!」


 喉奥から迸るような叫びをあげ、その剣が振りかぶられる。



(……それが、あなたの選択か)


 心の中で呟いた、その時だった。




「何をしている、馬鹿弟子」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ