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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
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04 千客万来 ⑤

「生きて帰れる者が、他に()りませんから。こう言うのは、帰って来なければ意味がないでしょう。そうでも無ければ我々のような者が、そう簡単に駆り出されはしませんよ……何です、君にしては珍しく殊勝に心配でもしてくれているのですか」


 心配、しているのだろうか、私は。自問しつつ、この人と共に過ごした日々が脳裏に蘇る。


 私達の師匠は一国の軍事顧問を担っていた事からも分かるように、とてもお忙しい方であちこちを飛び回っており、大抵が拠点を留守にされていた。つまりは基本的にこの兄弟子の天下である訳で、更にその中でも目をかけられていた(と言うよりも目を付けられていたと言った方が正しいのか)私はフィニアスのやらかす無茶にいつも付き合わされていた。


 例えば空を飛ぶ魔法は確立されていないと言うのに、唐突に『空が飛びたい』と言って私を崖に連れ出し、心中宜しくニッコリと手を取って飛び降りる。因みに飛行、と言うよりも落下と言った方が正しい代物だったが、当の本人は至極楽しそうで私は死を覚悟し顔面表情筋も動かず、フィニアスはふわりと優雅に着地し無傷だったものの私は自身を取り巻く『概念』の量と変化の膨大さに『変換』が追いつかず着地失敗。魔法を用いても全治三ヶ月の骨折……常人でなくとも殆ど瀕死だったはずである。


 例えば新薬を開発したと喜び勇んでやって来て、死にかけたら介抱してくれと私に言い残して無防備に薬を『毒味』と称して口にする。勿論この人の事だから何事もなくピンピンしていたが、その瞬間は心臓が止まりそうな程に驚いた事を記憶している。何も問題は無かった事を確認すると、むしろ力が湧いて来たとのたまい、私に呑んでみろと性質の悪い酔っ払いのように絡む。あしらうのも面倒になり、諦めて一口含めば全身に激痛が走り意識不明の重体に。三日三晩生死の淵を彷徨(さまよ)い、生還した時にはさすがにその綺麗な顔面をぶん殴ってやった。



 思えば、この人には世話になったと言うよりも、何度も殺されかけているではないか。


「……貴方は殺しても死なない生き物だという事を、今ようやく思い出した」


 十数年分の殺意を籠めて呟いても、それに気付いていながらクスクスと笑い飛ばされる。


「私は心配していましたよ」


 サラリと告げられた言葉に、嘘は無いのだろう。その点に関して疑うには、この人の事を知り過ぎていた。他人を振り回しはするが、基本的に情の厚い人だ……少なくとも、私よりはずっと。懐に入れた者は絶対に守り通すし、とにかく甘い。おまけに意外とお人好しだったりする。全く、相変わらず食えない人だと溜め息を吐いて、私は腕組みをした。


「お隣さんに観光へ行くのなんて『ついで』ですよ、ついで。久方振りに、顔を見たくなっただけです。君が独りきりで寂しくはないかと思って……君は案外と寂しがりやですから」


 私が寂しがりや云々はともかくとして、顔が見たいから会いに来ただけなど……それではまるで、まるで、本当に『家族』のようではないか。戸惑いのままに黙り込むと、彼は私の顔を覗き込んで茶化すように告げた。


「まあ、どうやら新しく家族を作る程度には、元気だったようですが」

「家族……」


 この関係を、そう呼んでも良いのだろうか。私はリアを娘と呼ぶ事に躊躇いは無い、と言ったら嘘になるだろうが娘として育てる覚悟は決めた。だが、それをまだ何も分からないリアに押し付けても良いものかと言う迷いがある。その結果、父とは呼ばせずに名前で呼ばせると言う、逃げの一手を打つような結果になった訳である。そのうち本人が呼び方を気にすると言うのなら、好きに呼べば良いとは思うが。


 それまで、己がそのような『細かい事』を気にするようになるとは考えた事もなかった。ただ、それでも……始まったばかりで未だ手探りの関係に、名前を付ける事が出来るのであれば。


「そうでありたいと、願っている」


 真っ直ぐに顔を上げて告げれば、フィニアスは毒気の抜かれたような表情で目を(またた)かせた。何か返答の仕方を間違っただろうか、と首を捻っていれば、彼はどこか呆れたような顔で溜め息を吐く。


「……君に下世話な冗談の(たぐい)が通じないのだと言う事を失念していました。その点に関しては、全く成長していないようで何よりです」

「……何の話だ?」


 意味が分からずに問い返すも、呆れるばかりで答えてはくれない。前々から何度かこう言う事はあったため、一先ず放って置く事にする。無理に聞き出しても、どのみちロクな事ではないのだろう。


「しかし、動きが不穏だと言うのは事実なのだろう」


 中座してしまった、レストニアとの戦の事に話を戻す。こちらは辺境に……それも、レストニアとの主要な国境の只中に住んでいるのだから他人事ではない。


「まあ、だから私が出て来る、などと言う話になったのですがね。ここに引き籠もっている君には話が届いていないかも知れませんが、どうやら空を飛んで今までとは別ルートで良く遊びに来ていらっしゃるようですよ」


 黒い笑顔を浮かべて吐き出された言葉には、正直に言えば笑い事ではない情報が含まれていた。飛行魔法は依然として確立していない……それは、今この場所に立っている兄弟子・フィニアスその人が(身内の贔屓目を抜きにして)現時点で世界最強の魔法使いであり、なおかつ彼がまだ『飛べていない』と明言しているためだ。


 この人は、私が幼い頃に出会った時からずっと、自分の力で飛びたがっている。あの『崖から心中事件』も、それが理由だったから縁を切ってやる事が出来なかった。この人の『飛びたい』と言う願いがどれだけ切実なものか身を以て知っていたから。それが叶う日が来たならば、例え真夜中だろうと世界の果てにいようと、その場から飛んできてこちらの都合なんてお構いなしに喜び勇んで窓をぶち破り『飛んだぞ!』と叫びに来るだろう。


 つまり、この世界で遠方から飛んで来て他国を攻撃しようとするならば、飛行出来る魔法生物に騎乗する必要がある。世界最強の名をほしいままにしていたドラゴンは千年以上前に滅び、人間を乗せて長時間飛行する事の出来る生物はたったの一種類しか現存していない。そしてその生き物は、いつでもあの『呪われた一族』と名を並べて語られる……


 考え得る限り、最悪の状況に陥りかけている事だけは理解した。私が溜め息を吐いて頷くと、フィニアスは苦笑を浮かべて口を開いた。



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