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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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01 戦火を知らぬ眼 ③


 いつだって表情一つ変えずに自分のやるべきことを淡々と毎日積み重ねて、どんなに権威ある教授にだって一歩も退かない『強い人』だけど、何かに焦がれて求めるような指先はかすかに震えて、瞳の奥にはどうしようもない痛みが滲んで。


 その色を、知っている。


 マスター・フィニアスも、ライも、シエロも、シドも……それから、エルも。私の大切な人達は、誰もがどうしようもない痛みと寂しさを抱えて歩いていて、その正体を私に教えてくれることは決してない。


(……それで良いって、前までは思ってたけど)


 シドの背中を見送った時、本当にこれで良いのかなって『ざわり』とした感情、焦りみたいなものが全身を駆け抜けた時のことを思い出す。もしかしたら、この手を離したら、二度とシドには会えないかもしれないなんて……今までは、それすら構わないと思ってた自分がどこかにいて。少しずつ、変わり始めている。何もかもが。


 足元の揺らぐような感覚に、ぎゅっと指先を握り込んで立ち尽くしていると、ふと我に返ったマスター・リカルドがいつもの無表情に戻って私を見据えた。


「……貴様はこの先、どうするつもりだ」

「研究、に関しては……正直、何かが足りてない感じはしています。いま立ち入れる書庫に求めてるものは無い気がしてて、だからと言ってやみくもに昇級を目指すのも、どうなのかなって」


 今回に関しては特に、次の試練がこれまでのものとは打って変わって、ある意味『気軽に』挑むことの出来ないものであることが早い段階で分かっていた。それもあって、これまではライの病気を治す……つまりは心臓に巣食う呪いを解くと言う目標に向かってがむしゃらに突き進んで来たけれど、一度自分のやって来たことを見つめ直して、どこからあの途方もない多重構造の陣を解呪するのか、今の段階で突破口が開けないかを考えるべきだと思っていた。


 そう、思っていたのだけれど。想像していた以上に、第六階位イクスの書庫には呪いに関する文献が収められていなかった。あるにしてもあまり実戦的ではないルーンを刻んだ石で相手の運勢を書き換えるとか、動物を使ったおぞましいけど再現性の低そうな呪殺の方法だとか、あまり参考にならないにならない感じだ。


「それは……いや、何でもない。忘れろ」


 何かを言いかけて口をつぐんだマスターの横顔は、どこか苦いものを浮かべていて、彼がこんな『うっかり』をしでかすのは珍しいなと思いながら目を瞬かせる。マスターが言及しようとしたのは間違いなく昇級に関わることで、いつもは自分の言葉と行動を厳しく律しているマスターが、思わず口に出してしまいそうな『何か』がそこにはあると直感する。


 やっぱり昇級に関する手掛かりは、きちんと整理しておいた方がいいなと思っていると、マスター・リカルドは私の手に『星と龍の挽歌』を返しながら、いつになく真剣な表情のまま書棚へと向き直り、かなり古びたスクロールをその長い指先で物色し始めた。


「貴様も知っての通り、薬学・錬金術を始めとし……呪術また死霊術の類など、いわゆる禁忌や邪道とされる学問は文献の少なさに悩まされることになるが、決して研究成果が全く残されていない訳ではない。過去の研究者達が、正統の魔導師達に見咎みとがめられることのないように工夫を凝らした、最も有名であり解読も困難な例が『絵解き』だ」


 棚から抜き出した数本のスクロールをポンポンと投げ渡し、貴重な文献に慌てて受け止める私を知ってか知らずか、マスターの瞳は深い思索へと沈んで行く。


「その書物に目を通しておけ。かなり古いものではあるが、今では扱う者もいない絵解きの手法について詳しい。一見して単なる風刺画のようにしか見えない挿絵の中にも、命を削って深遠なる知を求め伝えようとする者達は、必ず手掛かりとなるような規則性を残す。それを拾い上げ、丁寧に読み解くことで得られるものが、読み解く対象にとって有益かは時の運だが……ドラゴンと言う存在は、この世界の成り立ちに否応なく深い関わりを持つ。貴様にとって、この書を読み解くことは決して無駄にはならん。良い引きだ」


 珍しく褒めるような、どこか優しいマスターの口振りにハッとして顔を上げれば、既に彼は背を向けて自分の研究へと戻ろうとしていて。それでも私の視線に気付いたのか、ふと立ち止まると独り言のように言葉を落とした。


「貴様の動物的な勘は、存外と無視できない……何であれ、武器にしろ。突っ立っている暇があれば、身体を動かせ。馬鹿弟子」




 *




(『それが貴様の特技だろう』か……)


 マスターの激励は相変わらず分かりにくいようで、分かりやすい。不要なことは一切口にしないで、どこまでも沈黙を貫く人だけど、本当に必要なことは言葉を尽くして教えてくれる。絶対に皮肉を付け加えることは忘れないけど、不器用に背中を押してくれる人。


(そう言うところが、マスター・フィニアスと似てる……なんて言ったら、絶対に嫌な顔するんだろうな)


 それどころか、部屋を叩き出されるに違いない。何の恨みを抱いてるのか知らないけど、彼のマスター・フィニアスへの対抗心は凄まじい。ただ、マスター・フィニアスの性格を考えると、あっちこっちで敵を作ってそうな心当たりがあり過ぎる。


 やっぱり、あの二人は似てるけど性格が合わなそうだなと考えながら、もう一頑張りしようと背伸びをした瞬間だった。



 ぐわり、と。



 世界が、すべてが……歪み、滲み、震えた。







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