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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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01 戦火を知らぬ眼 ②

 一歩、書棚に向かって足を踏み出す。


 途端にブワリと濃くなる古い書物の香りと、肌を焦がすような魔力の気配を浅く飲み込んで。かつてはシエロに言われても分からなかった、魔術書を前にした時の『威圧感』のようなものが、これくらいの階層になってくると鈍い私でも気付くくらいに強くなっている。


 そっと指先を伸ばして目当てのコデックスを抜き出せば、禁じられた知識を得ようとする者を拒むかのように、肩が抜けそうな重みとこちらを食い尽くすような魔力の波が襲って来る。ぐっと踏み留まって書を開けば、荒れ狂う力の流れが嘘のように引いて、後には穏やかで清廉な魔力だけが残った。



『星と龍の挽歌』


 そう題された書物の中身は鮮やかな装飾が施されていて、中には子供への謎掛けのような軽やかな言葉で、星を愛したドラゴンの物語が描かれている。専門でない限り、そうとは分からないように書かれた薬学絡みの書を、しらみ潰しに探し回っていた時に見つけたもの。最初こそ物語が置いてあるなんて珍しいとしか思わなかったけれど、そもそも第六階位まで上り詰めなければ閲覧できない書物の中に、ただの娯楽小説があるはずもなく。


 夜空を愛するドラゴンは星を紡いで星座を描き、星と語らいながら眠りにき、ある時は彼らのために歌を歌った。そうして暮らしていたドラゴンは少しずつ老いて行き、次第に死の孤独を恐れるようになった。あと少しだけ星々の近くに在りたいと願った彼は、天を目指して飛び立ち、空に最も明るく輝く星に触れようとした瞬間、力尽きて地へと落ちて行く。彼を哀れに思ったその星は、全ての力を振り絞ってドラゴンへと手を伸ばし、彼を抱き締めることは叶ったが、ついにはその輝きを失ってしまう。今でもその星とドラゴンは、固く抱き合ったまま天を彷徨さまよい続けていると言う――


 この、救いがあるのか無いのか分からない物語を読み解いていくと、数字を示唆するような言葉がポツポツと現れる。ドラゴンが語る言葉遊びには美しい規則性があって、挿絵にも象徴的な幾何学模様がそこここに散りばめられている。あまりにも見慣れた、だからこそ見逃してしまいそうな魔法陣の手がかり。


(星座は方角、そして数秘と占星の示唆……)


 ドラゴンの歌う古の言葉を辿れば、挿絵の中に音階が隠されていることが分かる。ライに教えてもらった楽譜の読み方を思い返しながら記憶の中の竪琴を爪弾つまびいていけば、優しく切ない旋律の中に何かが隠されているような不思議な感覚がして。


 今日もその感覚の在り処を探して絵解きを進めながら、私はマスター・リカルドとの会話をぼんやりと思い返していた。




 *




「貴様の直感は、正しい」


 どこまでも本能的な点が玉にきずだが、と眉を寄せて付け加えながら、マスター・リカルドは私が書き留めた楽譜に注意深く視線を走らせていた。


「そもそも数学や音楽……そして星々の運行を読み解く行為は、全て根底の部分では繋がっている。我々が魔法魔術のために用いる『言葉』さえも、元来は音楽から生まれたとされているし、その音階は数学的手法によって説明することが出来る。占星や数秘も、また同じこと……もっとも、後者は既に異端として追いやられつつはあるが」


 そんなことを呟きながら、顔には『くだらん』とでも言いたそうな表情が浮かんでいるあたりが、マスター・リカルドらしいと思いながら見上げていた。彼は古代魔法の解析と言う、今では誰も手を出したがらない学問の第一人者として名高いのもあって、表向きは『正統』な魔法魔術の継承をうたいながらも、なんだかんだで異端とされる錬金術や数秘術に対して造詣が深かったりする。そこに有用な何かがあると確信すれば、自分の目で見て触ってみなければ気が済まないあたり、典型的な『研究バカ』だとシエロが言っていた。


 実際、私が持ってきた『星と龍の挽歌』に関しても、異端だと告げたそばから興味津々な様子で手に取って、凄まじい速度で頁をめくりながら目を細めて内容を吸収していた。書見台にコデックスを開き、片手で頁を繰りながら片手は何かの旋律を奏でるように机の上を忙しなく踊る。マスターが集中している時の癖を眺めながら、そんな癖が目に留まるくらい隣にいるんだな、なんてことを考えていた。


 最初に出会った頃からそう長い時間は経っていないはずなのに、私達の関係性は随分と様変わりしたと思う。初対面で『白髪の落ちこぼれ』と呼ばれた時よりも、少しは私も進歩したんだろうかと考える。少なくともあの時は、こんな風に師弟関係になるなんて考えてもみなかったし、どうしてマスターが私を嫌っているのかも理解出来なかった。


(……ただ理不尽なだけの人じゃないって、今なら分かる)


 マスター・リカルドは厳しい人だけど、それは自分に対しても他人に対しても同じで、ある意味では完璧主義なんだと思う。だからと言ってシエロがよく皮肉る『頭の固い老害達』とはまるで違って、どんなに突飛な発想や禁忌とされる異端の学問に関する話でも、黙って耳を傾けてから意見をくれる。もちろん盛大な駄目出しが飛んで来るけど、決して相手の考えを頭から否定することはせずに、前に進むための手がかりをくれるマスターだ。


 マスターがシエロとちょっと似てるのは、決して言葉を偽ったり飾ったりしないところ。どこまでも自分に正直で、最初に宣言された通りに『無能』が大嫌い。何より努力をしないまま立ち止まっている人を嫌っていて、出会った時の私はまさにその典型だったなと思う。


「……星に焦がれて死したドラゴン、か」


 一通り目を通して満足したらしいマスターは、パタリとコデックスを閉じながら目を伏せた。意外とこう言った物語だとか伝承が好きなマスターは、いつもの知的好奇心からと言うよりも、過去に想いをせるような複雑な表情で魔導書の背に触れた。


 どこまでも凛として美しい無数の星々が輝く夜空を、その中でいっとう輝くけのみょうじょうを自らの極大魔法の核としているこの人が、これまでどんな道を歩んで来たのか……何を想って魔法魔術の深淵へと手を伸ばしているのか、私は知らない。


 それでも、知らなくても分かることはある。



(この感情は、きっと『寂しい』だ)




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