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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
182/277

00 序 ⑤


 キンッ――


 宙空を駆け抜けた不可視の一閃が波のように広がり、蜃気楼の壁にピシリと亀裂を入れる。刹那――鍔迫り合うような軋みと空間の歪みが、音を立てて粉々に砕け散った。


 燦めく魔法光の雨の向こう側、戦場の只中であることを微塵も感じさせないようなたたずまいで、白銀の髪をなびかせる男がその冷たい蒼の瞳を愉し気に細めた。


「ほぅ……しちけんの結界を一撃で破るとは、あちらにも『そこそこ』の術士がいるようですね」

「アレを『そこそこ』呼ばわりされては、七剣の立場がございませんよ……フィニアス殿」


 手にした剣を軽く振るいながら、そう苦笑いを浮かべるのは第三騎士団の中でも実戦経験の厚い者を集めた第四師団の長マグヌス・ロンタルディアである。本来ならば、このような前線で自ら剣を振るう立場ではないが、フィニアスのような規格外を除けばエルディネ屈指の戦力を誇る魔法剣士であり、肌に深い皺を刻む齢になっても戦場に立ち続けていた。


 騎士でありながら魔導の心得のある貴族で構成された、一つの騎士団に一つの七剣をまとめる師団長マグヌスは、少数ではありながらも練度の高い騎士達に身振りで指示を出しつつ、どこか緩い調子でフィニアスへと話しかけた。


「背中はきっちり護らせて頂きますから、どうぞ気楽にやって下さい……寝首を掻かれない程度に、ね」

「貴方のような『若造』に心配されるいわれはございませんがね」


 明らかにマグヌスよりも年若い容貌のフィニアスではあるが、そんな彼の暴言にもマグヌスはにこやかに毒を吐き返した。


「年齢だけが、全てではないでしょう。近頃、前線もご無沙汰で鈍ってはおりませんか」

「良く言う……むしろ、騎士団の方々がいらっしゃると足手纏いでしかありませんよ」


 ここまで言われれば騎士の誇りを汚されたと我を失って怒り出す者が大半であるが、第三騎士団の七剣に属する面々はフィニアスと長い付き合いであることもあいまり、既にマグヌスと彼の『じゃれ合い』はいつものことと、話半分に術式の手順を確認していた。


「何しろ、それが玉命ぎょくめいですのでね。陛下が仰ることには『フィニアスは一人だとやり過ぎるから、存分に邪魔をするように』と」

「あんの馬鹿弟子が……」


 頭を抱えて唸るフィニアスの珍しい姿に、エルディネ国王と彼の関係性を良く知る数少ない者の一人であるマグヌスは、好々こうこうや然と楽し気に笑った。そのような和やかな会話が繰り広げられてはいるが、前線の只中にある状況下において、対岸のゼクト軍は彼らが何を語っているかまでは聞き取れずとも、自身らの存在が彼らにとって『眼中にない』と言うことだけは明確に感じ取り、怒りをもって雄叫びを挙げながら突き進み始めた。


「さて、お遊びはこのあたりにして。一仕事致しましょう、ね?」

「……仕方がありませんね」


 結局、エルディネ国王やマグヌスのような、するりと懐に入り込んで来る人間に弱いフィニアスは、どこか上手く乗せられたような気がして釈然としない思いを抱きながらも、おとなしく口を閉じて天に手を掲げた。


 それに呼応するように彼を取り囲んだ七剣の面々は、大地と繋がるように剣を突き刺し、祈るように手を組んだ。


「集いし七剣よ、力を示せ……《イデア・レグス・アルマ》」


 引き金となる『言葉』と共に、本来であれば共鳴することのない個々の術式が絡み合い、魔力の糸で結ばれたそれが一つの盾となってゼクトの侵攻を弾き返す。剣や矢の雨、あらゆる力を阻む盾に足を止めた者達は、エルディネの七剣の威容におののく間もなく、世界が書き換わる音をその身に聴いた。


 目を灼くような一筋の閃光が空を食い破って大地を衝き、肌を焦がすような『力』が足元で蠢く感覚に、誰一人として逃れるすべは無かった。


 掲げた手をゆるりと下ろし、人の身には余る強大な力を愛し気に掌の内で撫でたフィニアスは、輝くような銀髪を力のままになびかせ、ただその長い指先で地を指し囁いた。



《リベル》


 次の瞬間、耳を劈くような轟音が世界を埋めた。


 薄く乾いた地表の下に封じ込められた力が、自由を求めて天を指す。粉々に砕け散った大地にある者は呑み込まれ、間欠泉かんけつせんのごとく噴き出した光に貫かれて灰も残さず消えた。


 その一瞬を縫うように、フィニアスの持つ規格外の力を知るゼクトの魔法使いは、召喚した大蛇のような獣と共に将軍だけを引き連れ、いつの間にか消えており。


 荒れ狂う力は大地の生命を喰らい尽くすように赤々とした炎で地を舐め、それを空へと追い戻す均衡の力がじわりと蒼に染め上げて行く。


 世界の終わりのような光景に、それでも七剣は王国自らが望んだ力から目を逸らすことなく、ひたすらに『盾』として己の身を護ることに徹していた。



 全てが終わり、力に喰らわれた雲の隙間から光がこぼれ、雨となって降り注ぐ頃――




 そこには蒼き砂漠の花だけが、約束された奇跡の観測者として咲き乱れていた。




 *







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