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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
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04 千客万来 ④

「……シア、相手は幼子なのだが」


 冷静を装って指摘すれば、彼女は慌てふためいた様子で助けを求めてこちらを見た。


「おねえちゃん、かっこいい!」


 キラキラと輝く瞳でシアを見上げたリアに、そうなるのか、と意外に思う。子供ならば、シアが騎士礼に対して無意識に()めてしまう覚悟や気迫に怯えるかと思ったが、それは杞憂であったようでリアの視線には尊敬に近い熱が輝いているように見えた。


「っ、かっこいい……そ、そうか」


 意外とそう言う事を言われ慣れていないのか、普通に照れている辺りが彼女らしいと小さく安堵のような息が零れた。何への、安堵だったろうか。彼女に『変わっていない』表情を見出した事、だろうか。

 先程から制御の効かない思考に頭を振って追い出すと、丁度シアが思わずと言った風にリアの頭を撫でようとして、己が硬い金属の手甲を身に着けている事を思い出したのか、伸ばした手をどうしたものかと慌てふためいている所であった。


 シアの相手は、当分リアに任せておけば良いだろう……いや、逆なのだろうか。ともあれ、私の相手はこの困った兄弟子の方だろう。笑いながら彼らを見ていたフィニアスに視線を向けると、ふと気付いたようにこちらを見てニコリと笑う。


「何の用でここへ?」


 端的に問えば、困ったような表情を浮かべてみせるが、所詮は演技である。いつもの事だと溜め息を吐くと、フィニアスは詰まらなそうに真顔へと戻して口を開いた。


「本当に大した用事はないのですが……強いて言うなれば、君の様子を見に来るために用事を作った、と言うべきでしょうか」

「………」


 私の怪訝な視線はものともせずに、フィニアスは私の顔を覗き込む。


「一応、軍事機密なのですが」


 そう前置きして、彼は私の耳元に顔を寄せた。


「少々、隣国の様子を見にね」


 私はその言葉に警戒心で全身が強張るのを感じた。つまりは、偵察。


 エルディネは広大な国土を持ち幾つかの国と国境を接しているが、王都から遠く離れたルーベン辺境伯領まで脚を運び偵察すべき敵など、一つしかあるまい。



 レストニア帝国。


 かつては北の痩せた大地に居を構え、大した国力も兵も持たずに誰の眼中にも無かった小王国。それが先代に起きたクーデターによって、突如として征服国家へと変貌した。新たに即位した『皇帝』を名乗る者の素性は驚く程に情報が流れて来ず、その侵略して広げた国土から分かる兵の扱いへの熟達と、それだけの一大国家を纏め上げる政治的手腕、そして時折戦場へと姿を見せた時に展開する極大魔法と後に残る焦土から、手強い相手である事だけは間違いないと言う何の役にも立たない結論が導き出されたのみである。


 そのレストニア帝国に唯一対抗し得る大国として、エルディネは他の幾つかの小国と同盟を結び、何度かレストニアと衝突している。かつてエルディネ王国の軍事顧問であった我らが魔導の師、ガイウス・リーバテインもレストニアとの戦で命を落とした。戦や反乱の鎮圧には私自身も幾度となく駆り出された経験があるが、あれは全くもって後味の悪い無駄事でしかないと言う感想だけが残る。


 本来、民にとっては仕えるべき君主、などと言う概念は存在せず『存在すれば良い』が君臨する者への認識である。このような辺境の地でなくとも、大抵の村の者は王の名さえ認識していない事が普通である。有事の際に命を賭して戦う軍を擁し、法による秩序をもたらす者……そこまでの具体的な認識があるか否かは分からないが、ここの領民と言葉を交わした限りでは然程的外(まとはず)れな想像ではないだろう。


 戦が街や村に近い場所で行われる事など()ずありはしないが、戦が重なり長引きなどすれば税を重く課せられて苦しむのは国庫を支える農民達、と言う事になる。それだけではなく、危惧すべきは総力戦である。国の存亡を賭けた戦いともなれば、職業軍人だけでなく剣もまともに握った事のない農民まで戦に駆り出される事になる。普通はそんな事になる前に戦に決着が付くものだが、例えば異種族同士の戦ともなればそうは行かず、戦において最も厄介な『種族の誇り』を賭けて戦う事になる。


 これまでの戦は、死人を多く出しても誰の得にもならない事から『血を流さない事』が優先事項として守られて来た。しかしながら、帝国軍はどうやら事情が違うらしい、とこれだけ強大な国家と成り果ててから皆が気付き始めた。帝国軍の過ぎた後には、破壊と屍の山が築かれる……まるで、目的が国土の繁栄ではないと無言の内に告げるかの如く。


 それは領土と領民の獲得を目的とし、極力戦闘も破壊も行われない今までの戦とはまるで勝手が違った。レストニアとの戦の後に残る惨状から、人々は帝国軍の戦力が文字通りの意味で『ヒト』ではないのではないかと囁き(おのの)いている。その想像が少なからず当たっている事を我ら辺境の民は、身を以て知っているのだが。


 いずれにせよ、戦が起これば迷惑を被るのは民草(たみくさ)である。民衆にとって、余程の悪人でなければ領主など誰であっても存在すれば良いだけなのだから、その土地の最終的な所有者である王が今日明日で変わろうと同じ事。平和的に解決してくれるならそれが一番、と言うのは実は軍人の大半もそう思っている。要するに、戦う事が生業(なりわい)だが死にたくはない、と言う事であって、結局の所いくら犠牲を最小限に抑えると言えども戦場の跡に残るのは血と屍だけだからだ。尚の事、レストニアとの戦は誰も望んでいない。



「止められないのか」



 益体もない今更な事を自分の中で整理はしてみたものの、言葉として出たのは端的な問いだけであった。それだけでこの聡明な兄弟子には意図が伝わる事を、知っていたから。



「止める方法を考えるために、行くのですよ。我々は知らない事が多すぎる……手札は少しでも多い方が良いでしょう。我々としても、いま来られては困りますからね」


「……何故、貴方とシアが」



 ポツリと零れた言葉が、どのような意図を持って発されたのか、私自身にも図りかねた。問いかけられたフィニアスも、純粋に疑問だと言うような表情を浮かべて首を傾げた。




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