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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ㉘


 *


《ユリート・イドラ》


 幾度となく耳にした、彼女の甘やかな声が最後の魔法を紡ぐ。


 この世界とどこまでも溶け合った、リアの優しい魔法を見るのがいっとう好きだった。ふわりと広がる美しい魔力の糸が、陽の光を求めてやまない植物のつるのように天を目指し、精霊達のざわめきが木々の隙間を縫ってしゃらしゃらと響く。


 いつもと違う特別な魔法だと、太古の森の匂いを感じて背筋が震える。ともすれば飲み込まれてしまいそうな強い力を前に、至って自然な表情で森を受け止めているリアの横顔は、ひどくおかがたい神聖なものに見えた。


 宙空からこぼれた水がくすぐるようにリアへとじゃれつき、伸ばされた幼い指先にするりと収まる。不定形なそれが意思を持って踊り、精霊の鼓動のような力の奔流が、複雑なパズルの如く噛み合って収斂しゅうれんして行く。


 淡い輝きを放ちながら俺の手に舞い降りた宝石は、湖面の青を溶かし込んだような揺らぎを含みながらも、純粋な透明さを失うことなく朝の光を吸ってきらめいていた。古今東西の宝石を手にして来たからこそ、分かる……この清廉せいれんな冷たさは、鉱物のそれではなく森の湧き水そのものだ。


「本当は、人に見せちゃダメって言われたけど……シドのもそうでしょ?」


 ひみつ、と。


 口元に柔らかな珊瑚色さんごいろの指先を立てて笑う姿に、思わずつられて笑ってしまう。


「ああ、二人の秘密だ」


 これはシエロにだって言えないだろう……少なくとも、今は。


 この瞬間も精霊達のざわめきは止まずに、彼女の魔法の余韻に浸りながらささやかな歌声を紡いでいる。このことに、あの『王子様』が気付いているかどうかは知らないが……いや、リア自身でさえ真の力を理解してはいないだろう。


(だが、今少し……このままで)


 そう願うのは、単なる自己満足でしかないのだと分かっている。


 俺がこれから向かう道行きを知らせずに行くのは、つい先刻交わしたばかりの誓いへの裏切りで、そんなすぐに露見すると分かっているつたない嘘でも、この別れを悲しいだけのものにしたくないから貫き通していたかった。


 きっとこの先、彼女は数え切れないほどに傷付いて、その度に強くなって行くんだろう。だから今だけは、その無邪気な姿を留めておきたい。これからの未来を、隣で見届けられないことへの意趣返しのように。


「リア」


 こつり、と。


 大事に大事に名前を呼んで、こつりと額を重ね合わせる。


 言葉ではなく、心を交わして……俺達らしく。


(さよなら)


 心の中でそう紡いで、今度こそ背を向ける。


「……?」


 失くさないようにと握り締めた手の平に、何かを訴えるような熱を感じて宝石に目を落とし、思わず呼吸を忘れた。


 刻まれていたのは、アルギズのルーン。


 かたどられているのは鹿の角。群れの仲間であることの証であり、魔法使いの端くれなら誰でもその意味を知っている。


(……友の、護り)


 胸にこみ上げる何かを必死にこらえて、嗚咽を悟られないように口元をふさぐ。


 ここにいたいと、アンタと共に在りたいと、叫び出さないように――強く。


「シドーっ!」


 鮮やかな声が耳をついて、ゆっくりと立ち止まる。


 背中に投げかけられるだろう言葉を、どうしてか知っていた。




「また、会えるよね!」


 俺は頷いて、手を掲げた。


「ああ。友達だからな……!」


 今の俺達なら、その言葉の意味を知っている。


 暖かくて、優しくて、涙のこぼれそうなほどに愛しいもの。




 帰ろう。大切なものを、護り抜くために。



 旅立とう――もう一度、巡り逢うために。


 いつかの、未来で。







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