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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ㉗


 何か言わなくちゃいけないと、伝えたいことが沢山あるはずなのに、言葉の出ない私に微笑ほほえんで、シドは優しく私の髪を撫でてくれた。


 いつでもそこに飾られているのは、青く透き通るような涙鈴蘭なみだすずらんの花。マスターがかけてくれた魔法は、本当にその小さな生命を永遠のものにしていた。あの時もらった言葉に、この花に恥じない私でいられてるとは思えないけど……それでも、いつでも花を飾れる自分でありたいと、今なら思えるから。


「また、会えるよ」


 背筋をピンと伸ばして、いつもの私で。シドの記憶に残る私が、ちゃんと笑顔でいられるように。まっすぐに、いつもどこか眠たな雰囲気のある彼の瞳を見上げた。


 離れがたく絡んだ指先が、確かに震えて。


「っ……なん、で」


 ポツリ、と。


 繋ぎ合った手の平の中に、熱い涙が落ちた。


 宝石みたいに透き通った涙をこぼしたシドの瞳に、パッと色がはじけて鮮やかな虹が映り込む。どこかガラス玉めいていた漆黒の瞳の中に、うずのような赤や黄金が燃え上がり、ブラックオパールの輝きを放ってきらめいた。


 どこかで見たことのあるような、優しく懐かしい光の洪水がまぶしい。私の瞳に映り込んだ七色を目にすると、シドはどこか怯えたように顔を背きかけて、ふと動きを止めると恐る恐る私の眼を覗き込んだ。


「……アンタは、いつも俺の欲しいものばかりくれる」


 シドに何かをあげた覚えもないのに、どこか安心したような瞳が私の中の緑を映し込んで、こんなにも幸せそうに笑うから。


「っ、シド……シドっ」


 泣かないで見送ろうと心に決めたばかりなのに、後から後から涙があふれて止まらない。覚悟なんて、出来てなかった。こんなにも唐突に終わりが来るなんて思ってなくて、心のどこかでずっと三人でいられるような、そんな幻想を夢見てた。


 永遠なんて、どこにもないんだと知っていたはずなのに。


 これはきっと長い別れになると、予感がしてる。この指先を離したら最後、シドに巡り会うまでいったいどれだけの時間がかかるだろう。そう思うほどに、過ごした時間の愛しさがこみあげて、シドの零した涙に混じり合って溶けて行く。


「リア、そんなに泣かないでくれ……」

「だって、シドが泣くからっ」


 お互いに泣き方も満足に知らなくて、だからどうしたら涙が止まるのか分からなくて、雫を手の平にたたえて途方に暮れる。こんな時にまで『締まらない』自分達がおかしくて、顔を見合わせると互いの困ったような瞳にぶつかって、少しだけ笑みがこぼれた。


「……やはり、アレがいなければ駄目だったか」

「シエロには、もう会ったの?」


 苦笑を交わしつつ、シドが頷いて目をまたたかせる。


故郷くにからの、知らせが来た時に……俺達は、これでいい」


 自分に言い聞かせるようにして呟いたシドは、何か覚悟を決めたような視線を私に向けた。


「何も、聞かないで……見ていてくれ」


 それだけを言って二人の涙に満ちた掌を優しく包むと、シドは祈るように眼を閉じた。ささやかな互いの熱を分け合っていただけの指先に、ふと脈打つような熱を感じて目をみはる。


 ふと開かれたシドの瞳は、もう見間違いようもないくらい鮮やかな七色に輝いていて。シドはずっと、これを隠していたかったのかもしれないと、暴いてしまったことに後悔しながらも見とれている自分がいた。


 これまで抑え込まれていたのが嘘みたいに、濃密な魔力の奔流が私達の間を駆け抜けて行く。言葉を持たない魔法が、どこか懐かしい匂いのするそれが、二人の手の中からこぼれては消えて行く。


「……リア、何か願いを」


 見たこともないくらい真剣な面持ちで、声にすら魔力をまとわせた横顔が静寂を破る。


「なんでも、いいの?」

「ああ」


 そんなの、もう決まってる。


「三人で、もう一度会えますように」


 私の言葉にシドは小さく目を見開くと、どこか泣きそうな顔で笑って頷いた。


「聞き届けよう」


 静かな誓いが雫となって落ちた瞬間、金色こんじきの風が吹き抜けた。願いをのせて、きっと、いつかの未来に届ける風が。


「わぁ……!」


 そろそろとつぼみを開くようにシドが手の平を解けば、そこには夜空の星のような輝きを放つ、涙をかたどった宝石が瞬いていた。美しくきらめく魔力の結晶は、エルの部屋でも見たことのない不思議な引力を持っていて、私の手に不思議と馴染んだ。


 目をらさなければ気付かないほどに、炎を思わせる花片はなびらの紋様が丁寧に彫り込まれていて、シドは複雑な表情ながら優しい指先でするりとそれを撫でた。それを取ったシドは、ごく自然に私の髪へと手を伸ばし、フィニアス師のくれた涙鈴蘭の花飾りに触れた。


 髪に編み込まれた小さな青い花に、朝露のようなそれが吸い込まれるように引き合って、強く結び付くのが見えた。最初から、そうなることが決まっていたみたいに。魔力の糸で結ばれたそれらが、澄んだ音を立てて響き合い、二人の魔力が私を護ってくれていることを肌に感じてシドを見上げる。




 何かを、私も残したかった。これから先、ずっと分かれ道の先を歩いていかなくちゃいけない私達のために。


 ここにいるよ、と。


 何度でも、伝えるために。


「シド」


 大事に大事に名前を呼んで、そっとその手を包んだ。




 *





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