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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ㉕


 言葉にし難いほど、一見すれば正反対のような性格のシエロとリアは良く似ている。それを感じる瞬間には、やはり入り込めないと思わされるが。


(ただ、それでも)


 一人で眠りがちな俺の手を、リアは……そしてシエロも引いて共に歩いてくれる。きっと、何度でも。


 俺が彼らに出会えたのは偶然でしかなくて、だからこそこの瞬間はもろく尊くて、よりいっそう大事にしたいと思うのに。


「へぇ、意外。お前はリアの前じゃ、そう言うこと口にしないと思ってた」


 常の真面目そうな容貌とは打って変わって、獰猛どうもうな笑みを浮かべるシエロの横顔に、年齢相応に生きて来れなかっただろう彼の境遇を思った。


「今は、良く寝ている。それに彼女の兄君も、口は堅いからな」


 素知らぬ様子であるダイアウルフの横顔を、シエロは複雑な表情で見やって肩をすくめた。


「別に、僕は構わないけど……お前とこうしていられるのも、今のうちだけかもね。次に会う時は、敵同士でも不思議じゃないでしょ」

「おや、外交問題ものの発言だな」

「私生活にまでうるさいこと言わないでくれる?」


 軽口を叩き合いながら、俺達はそれぞれの眼に現実を見ていた。予感は、していた。不穏な空気は、この学院にまで忍び寄って来ている。こうでもしていないと、情けないことに不安で押し潰されそうだった。


 俺は立ち上がると、世の喧騒からは遠く離れた安らかな寝顔を見せるリアに歩み寄った。彼女の兄君は、静かに知性ある瞳を瞬かせるのみで、俺は黙礼するとリアの横にひざまずいた。


 柔らかな髪に指を滑らせ、規則正しい寝息を耳にした瞬間、ふと泣きそうになった。


(……どうか、アンタだけは綺麗なままで)


 そう願うのは、独善的に過ぎるだろうか。


「……そんな、壊れ物みたいに触れたところで」


 いつかは汚れると、そんな音が聞こえた気がした。


 珍しくあざけるような声に、怒りをこめて顔をあげる。それでも、言葉を返すことはついぞ出来なかった。見上げた彼の横顔が、俺よりずっと痛々しい色を浮かべていたから。


「お前が思ってるほど、ソレは無垢じゃない」


 そんなことは分かっている、と。


 引きれたように痛む喉奥で呟いて、目を閉じる。俺はリアにかつての自分を重ねているに過ぎなくて、彼女はそんな俺よりもずっと強く計り知れないものを抱えて立っている。


(でも、アンタは気付いているのか……?)


 本当に、自身が生まれ持って背負ったものを、その重みの本質を知っているのか?


 俺自身の境遇と重ね合わせて、勝手に親近感を抱いて。だが、もし何も彼女が気付いていないのだとしたら?


 彼女と関わりがあるだろう唯一の人物である、マスター・フィニアスの姿が脳裏に蘇る。言葉もなくシエロを振り返れば、彼は恐ろしい程の無表情で俺を見ていた。


 俺達は、互いのことを何も知らない。だからこそ良いのだと、思っていた。そうして時が来たら、何も知らせないままに去って、いつかまた出会えたならと。


(それだけで十分だと、思っていたのに)


 手放すのが、惜しい。この熱を知ったいま、あの孤独に戻るのは恐ろしくてさびしい。


「シエロ」


 その時、何を言おうとしていたのか。きっともう二度と、思い出せはしない。


《キュィーッ》


 耳に残る独特の響きをたずさえて、新雪の翼を広げた隼がこちらへと一直線に飛んで来る。


「……お迎えだ」


 低く何かを断ち切るように、シエロが呟いて。俺は細く息を吐き出しながら、我が国の紋章のように、美しい翼を陽に掲げたそれへと手を伸ばす。


 ズシリと力強い重みを伝えて来た懐かしい友は、この数ヶ月ですっかり変わった俺の匂いを確かめるようにくちばしを寄せた。


「久しいな、シャルク……ご苦労だった」


 囁きを落としながら、まだ翼に残るかすかな故郷の香りを胸に吸い込む。柔らかな花と、それらを焼き尽くすような熱い砂の匂いだ。還るべき場所の、匂い。


 どんな痛みが、待っているのだとしても。いつか姉と歩いた優しい記憶の眠る、彼女が愛した美しい国……護るべき民が、いる国。


 俺は目を開けてシャルクの鉤爪に巻きつけられた、色鮮やかな組紐を解いた。その先に小さく光るガーネットが示す意味は『危機の訪れ』、そして組紐に編み込まれた俺達家族だけのメッセージが告げていたのは……


いくさだ」


 優しい時間が、終わりを迎えようとしていた。




 *








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