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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ㉔


『俺は……誰かを傷付けることで、俺自身が傷付きたくなかったのか』


 口にした瞬間から、自己嫌悪が足元から這い登るのを感じていた。あの頃から、何も変わることがない。世界から逃げるように、痛みから目を背けて、耳をふさいで。


 俺はまだ、逃げ続けている。俺を傷付ける、全てのものから。


『……どんな魔法だって、使い方次第で相手を傷付けると思うの。生きるために必要なナイフが、誰かを殺すことがあるみたいに』


 続けるべき言葉を見失った俺に、囁くような声が労るように心を撫でた。


『シドは、どんな魔法使いになりたい?』


 柔らかな笑みと共に落とされた声に惹かれて、自然と言葉はこぼれ落ちていた。


『大切なものを……俺の信じるものを、守るべき時に守れる存在でありたい』


 もう二度と、失わないために。もう、二度と。


『それなら大丈夫だよ、きっと』


 リアの声に、俺は思わず目を瞬かせた。


『シドは優しい人だから、ちゃんと優しい魔法が使えるよ。この魔道具も、シドの旅の一歩になるから……ほら』


 すぅ、と息を吸い込んで、彼女の喉奥から滑らかないにしえの言葉がまろび出る。


《ルーレ・リベルタ……イペンドレ》


 彼女の操る『言葉』が、いっとう好きだった。それは俺達が紡ぐような借り物の呪文ではなくて、生まれ持った旋律のように指先まで美しく響く。


 空気が、世界が、変わる。


 つぼみが花開くように、ゆっくりと彼女の珊瑚色さんごいろした指先が開かれて、小さな手には不釣り合いな錬金術の結晶が姿を現す。ふわりと宙に浮いたそれは、手の平の上の小規模な大地に優しい雨を、確かに降らせた。


 窓から射し込む陽光に照らされ、ほんの一瞬だけきらめいた七色の虹が、深緑の瞳に映り込んで。


『シド』


 俺を見上げて笑った横顔を、きっと忘れることはない。


(アンタの魔法の方が、ずっと綺麗だ)


 そして、三人で作り上げた魔法も……誰が笑おうと、今までに見たどんな力強い魔法よりも、複雑に絡み合いながら美しい色をしていた。何度でも見たいと、思う程に。


 目を開ければ、気持ち良さそうに眠るリアへと、暖かな風のベールをそろそろと掛けてやっているシエロの背中が見えた。この二人の優しい関係を、時として邪魔をしているのではないかと思う時もあるが……願わくばもう少しだけ、このままでいたい。


 もう二度と、人の温もりを知らなかった時には戻れない。きっと、この関係は優しいばかりの未来を連れて来てはくれないだろう。それでも、出会わなければ良かったなどと思うことは決してないと、確信を持って言えることが俺の得た幸福だ。


(世界を変えるなどと、大それたことは出来なくとも……己の在り方を変えることは、出来る)


 それを、この二人が教えてくれた。


 自分とは違う世界に、存在に、未知に手を伸ばして。伸ばし続ければ、きっと何かをつかむことは出来ると。


「……ありがとう」


 気付けば、心の底からそんな言葉が溢れていた。ぼんやりとリアのことを眺めていたシエロは、俺の声に戸惑ったような表情で振り向くと、次の瞬間には我に返ったように顔を歪めて悪態をいた。


「……何それ。シドニアの癖に、気持ち悪いんだけど。感謝されるようなこと、した覚えないし」


 俺は『いつも通り』の反応に、どことなく安心しつつ頷いた。


「いや、アンタが優しい人間だったから色々甘えた。アンタには嫌われてると思ってたから、こんな風に話すようになるとは……世の中、分からないものだな」

「っ……おめでたいヤツ」


 そう呟いて、顔を背けた声の名残は、やはり言葉ほど冷たくはない響きを持っていて。


「別に、お前のことは未だに嫌いだし……まあ、こっちが勝手に生まれとか育ちとか重ねて、勝手に対抗心燃やしてただけだから。少し話せば、ボンヤリしてるように見えて色々お前も背負ってるんだとか分かるけど、別にどうしようとも思わないし。薄情だとは自分でも思うけど?」

「アンタは、何も聞かないだろう。全てを知って、寄り添うことだけが優しさではないと、俺は思う……お互い、探られたら困る腹もあることだしな」


 俺の言葉に、シエロはその真意を探るように瞳の奥を覗き込んで来る。


(やはり、似てるな)


 どこが、と問われれば答えに困る。それでも、こうした瞬間に浮かべる透徹とうてつした瞳の色や、ふとした仕草、何よりも魔力の『匂い』に何かを感じている。




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