04 見送る背中 ㉓
*
「ほんっと見ものだった、あの顔!」
珍しく年齢相応の子供らしい……と言うには悪辣な笑みを浮かべ、シエロがぐっと伸びをした。リアはと言えば、いつの間にか丸くなって彼女の兄の懐で眠っている。
シエロが正体に気付いているかどうかは知らないが、深き森の王者であるダイアウルフがこうして昼日中、人前に姿を晒して『くわり』と呑気に欠伸をしている姿は、いつ見ても不思議な心地であったりもする。
既に肌寒い季節となりつつあるが、シエロが器用に操る水のベールの中で過ごす穏やかな午後は、すっかり俺達にとって『お決まり』の時間になりつつあった。この三人でいれば、いつでも楽しい……が、今日に限っては格別だった。
「……俺も、久々に爽快な気分だ」
あの胸のすくような光景……取り澄ました顔を繕いながらも戸惑いを隠せない教授陣に、俺達の『地味な』課題を常のように嘲笑いたくとも、まるで仕組みが分からない故に右往左往する学生達。
『……どうなってるんだ、あの箱。誰も魔力を発してないのに、なぜ動く?』
『天候操作……ではないのか。はっ、ただ水を撒き散らすだけの玩具に何の価値がある』
『いや、応用すれば可能性は無限大だろう……問題は、どうすれば応用出来るのかだが』
内部機構は複製を容易とするため安価な材料や簡単な仕組みを用いており、その一方で分解や転用が実質的に不可能なよう頭を絞った一品である。理論は規定に則って細大漏らさず説明したが、そもそも理解が出来ない者が殆どではあった。
俺達が作ったのは単なる『水撒きの自動化装置』ではあるが、危惧していたように軍事利用を思い付いている輩もいた。ただそれも、このイゾルデにおいてさえ学び手を失いつつある魔法石学を、一から学び直した上で解析するだけの胆力が無ければ難しいだろう。
(……まさか、宝石魔法がこのような使い道を持つなど、我が一族でさえ想定してはいなかったんだがな)
宝石に関する知識を最も有するのは、この魔法と生まれた時からの付き合いである俺であって当然だったが、道筋を示して理論を構築したのはシエロであり、溢れんばかりの好奇心と閃きで最終的に俺達の手を引いたのはリアだった。
三人でなければ、きっと辿り着けはしなかった。いつの日かそれぞれに『何か』を作って、次の位階に進むことだけならば出来たかもしれない。ただ、この達成感や共に過ごした時間は、何にも代えがたいものだと今ならば分かる。
(それに、気付かされたこともある)
ゆるゆるとした微睡みに落ちて行きながら、記憶の底でリアの声を聞いた。
『シドは、どうして戦いの道具を作りたくなかったの?』
発表用の試作品を作る手は止めず、シエロが仮眠を取っている時だっただろうか。柔らかな静けさに包まれた空気の中、ふとリアは俺を見上げて口を開いた。どうして、などとは考えたこともなかったが……それは俺にとって呼吸をするように当然の選択で、曲げるくらいならば昇級などどうでも良いとすら考えていた。
『どうせならば何かを壊すためのものでなく、誰かの役に立つものを作りたかったと言うのはある。ただ……そう、だな。宝石魔法が誰かを傷付けるところを、これ以上見たくなかったから、だろうか』
俺の言葉にリアの首がコテリと傾げられ、今更のように彼女がこうした過去の出来事に疎いことを思い出す。むしろ俺の断片的な言葉だけで、大抵のことを察しているシエロなどの方がおかしいのだろう……やはり、血筋は物を言うのかもしれない。
そんなことを考えながらも、リアにはどこまで伝えるべきかと悩みつつ口を開く。
『俺の一族は、宝石魔法に特化しているんだが……俺達にとっては自身の一部であって、それ無しには生きていけない反面、ある種の呪いのような側面もある。宝石は、それ自体が富の象徴であるし、良くも悪くも強い力を持つからな』
リアは俺の迂遠な物言いを噛み砕くように黙り込んで、少し考えた後で目を瞬かせた。
『シドは、戦うことが嫌い?』
『生きるために狩りをする、などであれば納得出来る。アンタと組み手をしたりする時間も、別に嫌いじゃない……だが、戦うことで相手を傷付けるのは』
そこまで告げて、不意に気付く。ああ、そうか。




