表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
17/277

04 千客万来 ③

「……済まない」


 何を言えば良いのか分からずに、結局心の底から零れた感情をそのまま言葉に載せた。


「絶対に、許してなんかやらないんだからな……何回殴ったって足りない。本当、生きててくれて良かった……」


 支離滅裂な事を口走りながら涙を落とすシアに、そんなに心配させていたのかと言う申し訳無さと、どうしたら泣き止んでくれるのだろうと言う戸惑いで返す言葉もない。


「おねえちゃん、いたい?」


 その時、私の背後から顔を出したリアが、心配そうな表情で尋ねる。人見知りではあるのか、私のローブの裾を掴んで離さないが。


「なっ、ネイト、まさか結婚」

「していない」


 ピシリと表情を凍りつかせたシアが、目を見開いて信じられないと言う顔をする。私はそう言えば、リアとシアは略称が似ていると、いまの瞬間には心底どうでも良いような事を考えていた。彼女にとっては初耳かも知れないが、私にとっては何ヶ月も前に通り過ぎてしまった問題であり、正直に言えば今更な感が否めない。


「だが、子供がっ」

「まあ、私の子だが」


 淡々と肯定すれば、シアは目を白黒させて黙り込んでしまった。まあ、何やら勘違いしているのだろうと言う事は分かるが、説明が面倒臭い故に訊かれるまでは黙っておこうと思った。我ながら性格が悪い事は自覚している。


「ナサニエル」


 穏やかだが有無を言わせない声が私を呼び、ようやくその人物の存在を思い出させた。私は一旦シアを放置すると、ほとんど反射的に手を組んで目を伏せ、頭を垂れて敬意を示す『ポーズ』を取った。


「ロード」


 この人は一応爵位を持っていたはずだと(本人がそれに誇りを持っているかどうかはともかくとして)思いながら、それに相応しい敬称でお呼びしてみる。かつて、そんな風に呼んだ事など、一度たりとも無かったが。私がこの人に敬意を籠めて他人行儀に接するのは、人前で儀礼的に必要とされる時か、少なからず腹を立てている時だけだった。


「……その形ばかりの敬意、気持ち悪いし傷付くので()めて頂けますか」

「貴方は少しくらい、傷付いた方がいい」


 間髪入れずにそう返しながら、ご要望通り普通に立って久方振りに彼の顔を見据えると、最後に顔を合わせた時から少しも変わっていない事に驚かされる。決して加齢によるものではないと分かる、(つや)やかで美しい銀の光沢を持った白髪。いつ如何なる時も汚れを知らない、真白いながらも繊細な紋様の織り込まれたローブ。

 私よりも年齢がかなり上であることだけは確かだが、出会った時から既に十年以上の年月が経とうと言うのに、相変わらず皺一つなく年齢不詳のままである。高位の魔法使いである程、年を取りにくく長命である故に魔法使い連中は疑問に思ってなどいなかったが、この人の不老に関して言えば明らかに人間の枠を超えているとしか思えない。


 一見は柔らかなアイスブルーの瞳が、猛禽の如き鋭さで相対する者を射抜く瞬間を知っている。誰でも受け容れるような穏やかな笑みを浮かべながら、その実誰一人中へ踏み込ませないような鎧を全身に着込んでいる事も。

 気付けば親よりも余程長く、近い場所に居た。師匠よりもずっと、彼から多くの事を学んだ。私の、兄弟子。


「久方振りですね、ナサニエル」

「フィニアス」


 迷う事なく名前を呼べば、素直に嬉しそうな表情を浮かべるものだから、こう言う所はむず痒く落ち着かないと思う。思えば、この人には振り回されてばかりで、数えれば迷惑を被った事の方が多い。ただ、何故かは良く分からないが目をかけられて可愛がられていたのも確かで、幼い頃などは私に対してあれこれ騒がしい輩を黙らせて守ってくれていたのを知っている。

 ただ、今は人間らしく感傷に浸るよりも先に、この状況について問い質さねばなるまい。


「何故、シアとフィニアスが共に居る」

「私は今、エルディネ王国の軍事顧問をしておりまして」


 ニコリと笑みながら落とされた言葉に、私は溜め息を吐かざるを得なかった。


「師匠の後釜か」

「押し付けられた、という言葉の方が近いかと思いますが」


 貴方にとってはそうだろう、と心の中で呟いておく。大変名誉な地位ではあるが、そんなものはこの人にとっては足枷として面倒に思いこそすれ、微塵も歓迎すべきものではないだろう。とかく、この世のしがらみだとか、権力だとかを疎んじる人である。


 しかし、とにかくシアが何故この人に同行しているのかは理解出来た。シア……私の昔馴染みのガルシア・リヴローは、女でありながら純粋に剣技と武功で、十六にしてこのエルディネ王国の第一騎士団において、上から三番目の役職である総隊長まで上り詰めた豪傑。魔力を持たない常人であるにも関わらず、シアの速度に付いて行ける人間が殆どいない故に並の魔法使いでは相手にならずに瞬殺されてしまう。


 そんな騎士団随一の実力を持つシアならば、今となっては国家機密の塊にも等しいフィニアスの護衛としては最適だろう。最も、この人に護衛が必要か否かは(はなは)だ疑問であるが。


「エル、おねえちゃん、だいじょぶ?」


 リアに問われてシアを見れば、未だに真っ白に燃え尽きていた。別段、私としては放置したまま話を進めても構わないのだが、フィニアスのストッパー役が居なければ後々困る事になるやも知れぬと思い直す。


「お前に会うのが初めてだったから、驚いただけだろう。挨拶しなさい」


 リアを促すと、素直にシアの元へと歩いて行く。


「こんにちは、リアです!」


 ……それだけか。いや確かに、他に言える事などないのかもしれない。強いて言うなればリアはレイリアの略称だが、私が『リア』とばかり呼ぶから本人はそれが自分の名前だと思い込んでいる節がある。更に言えば、正式な養子の関係ではない故に彼女には名字すらない。そして誰も彼女の出自や身分、年齢さえも知らない。


 どうしてそれが、こんなにも心臓に爪を立てるような感覚がするのだろう。


 私が不可思議な痛みに眉を(ひそ)めている一方で、リアの挨拶はシアの意識を引き戻すに十分な働きをしたらしい。シアはハッとした表情になった直後、殆ど反射のように背筋を正して拳を左胸に打ち付ける騎士礼を流れるような動作で熟した。


「第一騎士団副長、ガルシア・リヴローだ」


 その軍人らしい硬質な表情は、かつて知っていた幼さを残した揺れる瞳の面影をどこにも見る事は出来ず、過ぎ去った年月を否が応でも実感させた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ