04 見送る背中 ⑳
《アレステ・ラ・ヴォーク……ツィヒア・デ・ディナメルシア……サルターレ!》
ふわりと細い高窓から風が吹き込み、壁に掛けてあった小さな掃除道具達が二人の足元や台の周りを踊るように駆け回る。ちょっとした掃除にはこれが便利で、最初の頃はシエロが彼らに足を取られて転んで怒る、までがセットだったけど今となっては慣れた仕草でヒョイヒョイと避けながら書類の整理に走っている。
いそいそと筆記具の準備をしていたシドは、ふと手を止めて物珍しそうに小さな箒とちりとりのワルツに目をぱちくりさせると、私を見上げて楽しそうに笑った。私も何だか楽しくなって来て、カチャカチャとティーポットを呼び寄せると、鳥をかたどった魔法の水を呼び出した。音のないさえずりを響かせる小鳥が長い尾をたなびかせて、麻袋から舞い上がった茶葉を器用に飲み込むと、たちまち柔らかな夕焼け色に全身が染まって行く。
「あのねぇ、お茶会じゃないんだから……」
呆れたように呟きながら椅子に腰掛けたシエロに、じゃれつくような仕草でくるりと周りを飛んだ水の小鳥は、部屋を横切ってポットに勢い良く飛び込むと静かになった。カチャン、と自分で蓋を閉めたポットが、きれいに整列したティーカップに小鳥と同じ夕焼け色のお茶を注ぐ。薬草茶に混ぜ込んだ木苺の甘酸っぱい香りが広がって、私も椅子に座ると思わずほころんだ頬のままカップに口をつけた。
今日もシエロは何だかんだ言いながらしれっとお茶を呑んでいて、シドは相変わらず美味しそうな笑顔を浮かべてくれる。
「美味いな」
「そこじゃないでしょ、本題は」
お茶を口に運びつつも、シエロがぴしゃりと告げる。
「そもそも僕達は研究者として駆け出しどころか、自分達の専門以外はからっきしなんだから、新しい物を発明するって言っても限度があるけど。それこそ技術面で頼りに出来そうなのなんていないし……って、何してんの」
私が呼び寄せた金属板をあれこれ曲げながら考えていると、シエロがぎょっとしたような表情で言葉を止める。
「いや、手を動かしてた方が色々思いつくかなって」
「……そうだった。コイツの本質は異端の錬金術だった」
どうしてか遠い目をしながら呟くシエロに首を傾げていると、シドが彼の肩を叩きながらサラサラと眼の前の大きな紙に何かの図を書き始めた。
「技術面など、後からどうとでもなるだろう。まずは作りたいものを考えればいい」
「まあ、リアの『書き換え』を上手いこと誤魔化したり、形を変えて利用すれば何だって作れそうなあたりがね……本当、お前達といると常識が通用しないって言うか」
呆れたような溜め息を吐き出すと、どこか吹っ切れた表情でシエロが羽根ペンを手にした。
「それで、お前達は何が作りたいわけ」
シエロの問いかけに、私は勢いこんで答えた。そんなの、決まってる。
「ワクワクする感じのがいい!」
「戦に使うものでなければ、なんなりと」
私とシドの答えに、冷たい視線が突き刺さる。
「想像はしてたけど、フワッとしすぎ。良くそれで共同研究とか言い出したよね」
「それなら、アンタはどうなんだ?」
「何それ、意趣返しのつもり?」
不機嫌そうに問い返すシエロに対して、シドはあくまで真剣な表情を浮かべていた。それを見たシエロは意外そうに目を瞬かせると、眉を寄せて腕を組んだ。
「……民の、役に立つものがいい」
ボソリと落とされた言葉に、私はシドと顔を見合わせた。薄々は気付いていたけど、こう言う時に彼の本音が出るんだなと少し暖かい気持ちになって、私達はシエロに内緒でそっと笑い合った。
「それなら、生活の中で使えるものがいいね」
「どちらかと言えば、農作業や手仕事に役立つものが良いんじゃないか? 日々の負担を軽減出来るなら、それに越したことはないだろう」
「勝手に小麦を育ててくれる機関とか?」
「それだと領主が現物を独占して、利用料と称した税が増えるだけだろう。どうしても大型化しがちだし、実用化して全土に行き渡るまでには長い時間がかかる。農具を作るくらいなら、一本でも多く剣を作りたい時代だろうしな」
「んー……そもそも働く人達の仕事を完全に奪っちゃうようなのは、逆に実入りが少なくなって生活が苦しくなりそうだもんね。それなら、仕事を手助けしてくれる方が良いのかなぁ。エマおばさんは、雑草抜くのが一番イヤだって言ってたけど。腰痛くなるって」
「除草剤、となると分野が変わりそうだが……いや、特に薬学の力を借りずとも、雑草のみに干渉する機関なら解決出来るか?」




