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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ⑱


 *


「共同研究、だと……?」


 マスター・リカルドは、恐ろしいくらいに低い声で不機嫌そうに呟いた。


 ギロリと睨み据えて来る血走った赤い瞳に、シエロが反射的にビクリと肩を強張らせる。最近は毎日のように出入りしていて、当たり前に言葉を交わしているはずなのに、やっぱり苦手なのは変わらないのかマスターの睨み攻撃にシエロは打たれ弱い。


 ここに来るまで、マスターに相談することを散々に反対していたシエロが、どことなく泣きそうな表情で私を見つめて来る。いつも不機嫌なマスターが怖いのは分かるけど、別に彼はいつでも怒っているわけでもないから、大丈夫なんじゃないかなと私は思う。


(だって、多分ただの寝不足だと思うよシエロ……)


 低く(かす)れた声はどう聞いても寝起きだし、充血した目は疲れ切ったみたいに(まばた)きばかりしてる。きっと、ここ数日かかり切りだった文献の解読に目処(めど)がたって、夜遅く……この感じだと朝早くまで羊皮紙とにらめっこしてたに違いない。


 ただ、どんなに疲れていても判断に私情を挟んだりしないのが、マスターの持つ美徳の一つでもある。きちんと理由が説明出来さえすれば、認めてくれるはずだと言う勝算が私にはあった。


「学院則にも誓約書にも、一人で昇級の課題に挑まなければならないとは書いていなかったので。自分よりも下の階層の人間に対して、上の階層に進む方法を教えてはならないとは書いてありましたけど、同じ階層の者と課題について教え合うのはアリでしょう?」

「……何故、そうなる」


 マスター・リカルドは、ただでさえ寝不足で頭痛に満ちているはずのこめかみに指先を添え、途方に暮れたような声で唸った。無理もないよね、と思わず頷きを返したくなる。


 そもそも、こんなことを思い付いたのは私じゃなくて、隣で素知らぬ顔をしているシドだったりする。これまで自分自身の成果物で勝負するのが当たり前だった昇級試験を、規則に書かれてないからなんて理由で、別の方向から突破しようなんて思いもつかない。


(……まあ、その手前の試練だってスレスレなことしてるんだけど)


 倒れてから今更のように火が()いた私は、二人に資料のアドバイスから添削だのアイデアだの生活のあれこれに至るまで面倒を見て貰いながら、二本目の論文を書き上げて昇級試験を突破していた。論文とは言っても、(ほとん)どが魔法陣で埋め尽くされた特殊なものだけど。


 一本目は理論の可能性を語るだけのフワッとしたものだったのが、今回のものはマスターと二人のお陰でこれまでの研究蓄積だとか、誰も手を付けていなかった史料とか、無数の実験結果を整理した実践的なものになったのが自分でも分かる。


 また一歩、ライの持つ呪いの解明に近付いて……これだけ最短距離でここまで来れたのは、間違いなくマスター・リカルドのお陰だった。エルの言いつけでライの呪いについて詳しいことを話せない私に、それでもマスターは進むべき方向を示し続けてくれた。


 どこまで進めば良いのか、どれだけ進めば辿り着けるのか。正直分からなくて途方に暮れる時もあるけど、まだ何かが足りてないことだけは分かってる。とにかく無事に第五階位(レプラ)へと到達した私は、シドとシエロの横に並ぶことになった。


『位階は上げた方が良い……多分、お前の研究のためにもね』


 シエロが意味深な表情で告げた言葉に、どこか引っかかるものを感じながらも、他に進むべき方向もないから上の位階を目指し始めて。


(それで、二人によれば普通ならここが最難関……らしいけど)


 第六階位(イクス)へと至るための試練は、魔法を用いた実用的な技術を開発すること。新しい魔法の理論や発明は論文として出すべきものだから、あくまで誰でも使える『もの』を提出の上で実演しなくてはいけないらしい。


 一番手っ取り早いのは、二人が一番に手を付けたくない『武器』や『兵器』であるらしくて、効果も威力も一目で分かることから普通はこれを選ぶらしい。


『……そんなものを作ってまで、昇級しようなどと言う野望はないからな』


 珍しく冷たい表情で告げたシドに、シエロが複雑そうな表情を見せていたことを思い出す。それでも、何だって器用にこなしそうなシエロが足踏みをしてたってことは、彼にとっても譲れない一線だったのかもしれない。




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