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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ⑬


 *


 そっと私をつかまえた指先は、ひどくひんやりとしていた。


 ゴツゴツと堅くて、傷だらけで、苦労を知る手だと今なら分かる。


 ぼんやりと目を開ければ、柔らかな焦げ茶の瞳が私を見つめていた。深い森の大樹みたいに、深くて少し色褪せた木肌を感じる色。いつでも私を優しく受け止めてくれる、冷たい腕なのに温かな感覚。


「ライ……」

「お目覚めですか、お姫様」


 その、どうしようもなく懐かしい笑顔に、涙がこぼれた。


 ライは私の顔に手を伸ばすと、労るようにそっと髪をどけてくれた。その指先に頬を寄せれば、冷たい感覚が心地よくて息を吐く。そこで初めて自分の喉奥からこぼれる吐息が、焼け付くみたいに熱いことに気付いた。


「わた、し……」


 どうしちゃったの、と。


 尋ねるそばから喉が引きつれるように痛んで反射的に咳き込めば、今度は全身が砕けそうな錯覚に襲われる。ライが慌てたように卓の上の吸い飲みを引き寄せて、慣れない手付きで私を抱き起こすと、ゆっくり水を呑ませてくれた。

 喉を滑り落ちていくそれはスゥと染み渡るみたいに、良く知った薬草の味がして少しだけ安心する。私が無事に水を呑み下したことに安心したのか、ライは浅く息を吐いて私の頭を撫でた。


「しぃ……無理に喋ってはいけないよ。恐らくは心因性の発熱だろうと、君の兄弟子が言ってた。彼は薬を貰いに行ってくれてる」


 思えば外にいたはずなのに、いつも寝起きしている部屋の天井がそこにはあって。シエロ……は難しそうだから、シドあたりがここまで運んでくれたのかもしれない。


『どうして、ここに?』


 喋るのはダメと言うライの言葉に、少しふよふよと不安定ながらも魔力の線を宙空に走らせ言葉を綴れば、ライは複雑そうな表情で器用に片眉を上げた。


「リア……君ってば、やること成すこと少しずつネイトっぽくなるよ。そこ、嬉しそうな顔しないの……まったく」


 呆れたような苦笑を浮かべながらも、小さな椅子をガタリと引き寄せたライは、私の額を優しく撫でながら口を開いた。


「僕はちょうど近場で一つ仕事を片付けた帰りでね、また忙しくなる前に手紙でも……って鳩を送ったんだけど。そしたら返事の代わりに君の友達のワタリガラスがやって来て、僕の耳を突付き回すから何事かと思ったよ」


 いざと言う時のナジークの粘り強さとくちばしの鋭さを知っている私は、心の中で苦笑しつつまた文字を走らせた。


『でも、来てくれた』


「当然だよ、僕のお姫様。君の一大事と来ればね」


 冗談っぽく囁く声に反して、私を覗き込む瞳は不安気に揺れていた。自分のことには無頓着なのに、私が熱を出しただけで飛んで来ちゃうなんて、とライのことが少し心配になる。

 それでも心は正直で、ほんの短い時間を離れてただけなのに、ライが……エルが、故郷の森も、何もかもが恋しくてたまらない気分になって。


「……さびし、かった」


 かすれた声で吐き出した言葉には、想像していたより何倍も感情が溶け込んでいて、自分で自分に驚く。言葉にした途端、どうしようもなく寂しさがあふれて、こんなにも『家族』に会いたかったことを知った。

 いつもは私との距離を測りかねているライが、今日ばかりは迷わず抱き締めてくれた。ぎこちなく回された腕の、冷たく固い金属の感覚が懐かしく感じて、同時にこの人が抱えた呪いの痛みを想って、どうして私が肩代わり出来ないんだろうと考える。


 あと時間は、どれだけ残ってる?


『また、痩せたね』


 それは仕事のせいなのか、呪いにむしばまれて削れた生命の分なのか……きっと両方なんだろう。背中に回した手の平に感じるのは、ささやかな鼓動と浅く上下する浮いた肋骨の頼りない感覚、それから隠し切れない震え。


「君こそ、こんなになるまで……どうしてっ」


 これまで私の前ではいつも紳士的に振る舞おうとしてくれていたライが、声を殺して喉奥で叫びを挙げる……感情を、むき出しにして。


「怖、かった」


 その言葉に、呼吸を忘れる。


 私を掻き抱く腕が、存在を確かめるみたいに何度も頭の線をなぞる。壊れ物に触れるような優しさで、そっと。


「僕がここに着いた時、君は意識を失ってて……凄い熱だったんだ。君の兄弟子と友人を名乗る少年が忙しく動き回ってて、それなのに僕は君の手を握って祈ることしか出来なかった……今の今まで君の手が、まだこんなにも小さかったことも忘れていた」


 抱き締めた腕をそろそろと解いて、私を寝床に横たえたライは、何もかもを後悔するみたいに傷だらけの手で顔を覆った。


「君は風邪なんか引かない丈夫な子だったし、ネイトから君が一度だけスコール熱にかかった時の話は聞いたことがあったけど、どこかで大袈裟おおげさだと思ってた。僕自身が生まれてこの方、ずっと病気がちだったからかな……こんなに動揺するなんて、思ってもみなくて」


 いつもよりずっと口数の多いライは、言葉の端々に不安と恐怖を滲ませていた。私は大丈夫だと、来てくれて嬉しかったと、伝えたいことは幾らでもあるのに、熱に浮かされた頭からはあらゆることが抜け落ちていく。




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