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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ⑪


 *


 その一言で『助手』に任命された私は、次の日からマスターの受け持つ実習授業の手伝いに駆り出されることになった。そして今に至るワケで……確かに、前に比べたら人の視線にも、気配にも慣れて来ていた。


 私の想像していたよりも、人々の視線は色んな意味を含んでいて、でも恐れていたほど得体の知れないものでもなかった。



『全ての視線を受け止めようと思うな。人間達は(ほとん)どの場合、貴様そのものを見てはいない。貴様の存在を通じて、詰まるところは己の見たいものを見ているだけだ。そこに一つ一つ意味を見出すだけ不毛と言うもの……その場に応じて受け流す(すべ)を覚えろ』



 最近ではマスターの言葉通り、私を狙って……つまり傷付けようとか、そんな明確な悪意を持って見つめて来る人なんてほんの一握りで、実際には珍しいものを面白がったり、興味深く見ていたりしているだけだって分かって来た。ただ、時には思わず振り返っちゃうような、ゾクリとする感情を向けてくる人もいるけど……



『そういうヤツは、お前の才能を(ねた)んでるだけ。この先、そんなの一々気にしてたらやってらんないから。どれだけ(にら)まれようが、胸張って歩いてろってこと』



 そんなことを淡々と言ってたシエロは、少しだけマスター・リカルドと似てるところがあると思う。本人に言ったら、きっとすごくイヤな顔をするだろうけど。


(でも……二人とも、強いなぁ……)


 どんなに『助手』として働きながら、沢山の人の視線に触れても、もう自分は独りじゃないんだと言い聞かせても、無数の視線と感情の中に取り残される感覚が離れない。それは、私のものじゃない感情が、私の肌を食い破って入り込んでくる感覚。


 私の知らない誰かが私を知っていて、私の行動とか言動を見ていて、私の想像もつかないような評価をつけて。そう言った、手に触れて言葉を交わして感じ取れない全てが、まとわりついて来る底なしの泥沼みたいに怖くて。



 ぐさり、と。


 ああ、まただと思いながら振り返らずに歩き続ける。それでも耳に飛び込んで来た声が、私の呼吸を止める。


「あぁ……何やら臭うと思ったら、薄汚い平民の女が歩いていたとは」


 ここ最近で何度となく耳にした、セルギウス・バシュー……私が闘技場で戦った、エルディネの子爵家、つまりは貴族の人だ。貴族には関わらないのが一番だと言っていたシエロの忠告に従って、足早にその場を立ち去ろうとすると、重なるように幾つかの声が響く。


「誠ですな!派手な曲芸をするだけが能の、魔法使いとも言えない所業。あれだけの恥晒しな行いを公衆の門前で披露しながら、まだのうのうと魔法使いを名乗れるとは」

「マスター・リカルドのみならず、学院長にまで尻尾を振って……なんと浅ましい」


「先日の論文も、あのような世迷い言で良くぞ審査が通ったものだ」

「どうせまた、(けが)らわしい不正が(まか)り通ったのでしょうよ。なにせ『あの』マスター・フィニアスの肝煎(きもい)りですからな」


「先刻の演習など、あれが『助手』とは。世も末とはこのことで」

「学問の庭を汚す野蛮人め……やはり下賤の民は、卑劣なやり口しか知らんのだ」



 突き刺さる言葉と視線に、悪意の熱を浴びた背骨がぎしりと軋む。


 これまで、獲物になったことなんてなかった。それも純粋な力で勝ち取るものじゃなくて、言葉と感情なんて目に見えない何かの戦いが、こんなものだなんて考えたこともなかった。こんなに、痛くて、冷たいなんて。


 冷たくなった指先を握り締めて、立ち尽くす脚をドンと叩く。闘技場ではあんなに小さかった男が、今はこんなにも恐ろしく見える。今の私は、紛れもなく獲物だ。それなら、逃げなくちゃいけない。




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