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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ⑧


 マスターの言葉を借りるなら、魔法とは自分の未熟さを、永遠に正し続ける途方もない旅だと言う。


(……私には、まだ『永遠』とか、よく分からないけど)


 それでも前にフィニアス師が語っていた、魔法魔術の途方もなさ、みたいなのが最近ようやく分かって来たような気がする。むしろ、それが分かっていなかった私は、きっと魔法使いのことを何も理解していなかったんだと思う。


 誰もが、何かを求めて、ここにいる。


 そのほとんどが、戦いで役に立つ知識と魔法を求めていて、それが正しいことだと考えられているらしいと知って。目の前に差し出されたそれが本当に正しいことなのかは、自分で考えるべきことだと、かつてエルが教えてくれた言葉の意味を今になって少しだけ理解する。

 私の目から見れば、誰もが似たようなことを考えて目指しているように見えても、それぞれの生まれ持った背景も、その目が見ている『正しさ』もまるで違う。魔法はきっと、その『正しさ』に手を伸ばし続けるための、一つの手段だ。


(……でも、それだけじゃないって、マスターが教えてくれた)


 誰よりも実践と実戦を重んじるマスター・リカルドは、星降る夜空を剣とし盾とする魔法使いで、彼の紐解く古代魔法の中にいつも何かを探してる。その目が見つめる先を、知りたいと思った。だから、私はここにいる。



 ざわり、と。


 感じていた空気の流れが、少しだけ変わる。


 見れば講堂の右端の席に座る男の人が、弱り果てたような表情で手元の羊皮紙を見つめていた。彼が描き上げた陣は、精巧な防御の術式に基づいた結界魔法。与えられた陣を完全に書き換えてしまうのではなくて、上手く利用する形で自分の魔法にしている。

 きっとマスター・リカルドは高得点を与えるだろうな、と思いながら彼が悩んでいる理由を考えた。陣そのものは完全に見えるし、実用にも耐えるはず。


(……そうか、インク)


 彼の使っているエメラルド色のインクは、魔力を通しやすくて陣を描くのに最適だと言われてる。でも、それはあくまで『攻撃』を考えた時の話。

 私はアダマンタイトの保管庫を覗いて、ずらりと並んだ小瓶の中から鳶色(とびいろ)のインクを選んで取り出した。エメラルドの方は、魔力を通し過ぎるから持久力に乏しい。もうすぐ彼も気付くはず、と思っていれば、そろそろと手が挙がる。


「あの……インクを」

「はい」


 待ってました、と駆け寄って鳶色のインクを渡せば、彼は私とインクを見比べて木から落ちたリスみたいな顔をした。


「えっと……間違って、ました?」

「いや、その、合ってる……どうも」


 その答えにホッとしながら頷いて、次の仕事を探す。


 今度は反転の陣を、多重展開しようとしている人を発見。これは羊皮紙が足りなくなるな、と思いながら作業の邪魔にならないように、ふわふわと机の隙間をすり抜けさせて、そっと彼の机に羊皮紙を着地させる。

 しばらくして手元の羊皮紙に気付いたらしいその人は、首根っこを引っつかまれたアナグマみたいな顔をして、バッと壇上の私を見上げた。


(……欲しいのは羊皮紙じゃなかったかな)


 首を傾げていると、その人はそろそろと顔を羊皮紙に戻して、また作図に没頭し始めた。どうやら、合っていたらしい。

 それからはもう、忙しくてよく覚えていない。助手の仕事は沢山あって、羊皮紙とインクの補充、こぼれたインクの回収と掃除、特殊な素材の要請、薬棚と保管庫の在庫確認、課題終了者からの回収と整理、レポート課題の配布……何か仕事を終わらせるたびに仕事が見つかって、そのたびに謎の面白い表情を浮かべる人が増えて行く。



 トントン、と。


 かすかなペン先の叩く音が聞こえて振り返れば、シエロがさらさらと羊皮紙の片隅に何かを書き付けているところだった。


『お前、やりすぎ』


 その言葉に首を傾げていれば、シエロはざっと書き付けを消して、溜め息を吐きながら講堂に視線を走らせるような仕草を見せた。それを追いかけるみたいに見渡せば、いつの間にか沢山の視線が私を追いかけていたことに気付く……ううん、本当は気付いてた。



 あっ、と。


 立ち止まった瞬間に、歩き出せなくなった。脚がすくむ。息の仕方を忘れてしまった、あの時みたいに。突き刺すような視線が、どこまでも追いかけて来る。


 どうして、ここにいるんだっけ?


「……助手」


 (うな)るような低い声が、私を乱暴に引き戻す。振り返ると、マスター・リカルドがいつもの不機嫌顔に、少しだけ呆れたような色を浮かべて顎をしゃくった。


 その顎の先を追えば、新しく手を挙げて私を呼んでいる人がいる。いつの間にか詰まっていた息を吐き出しながら、また仕事に向かって走り出す。走りながら、ぼんやりとシドのことを考えた。彼ならきっと、どこか作り物めいた黒い瞳を、眠そうに瞬かせて正直に言うだろう。



 これは先が思いやられるな、なんて。



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