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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ⑦

 

 *


「……制御の術式は、知っての通り陣の根幹となるものだ。それは砦の基礎となるが如く、単純でありながら堅牢でなければならない」


 シン、と静まり返った講堂に、コツリコツリと時を刻むような足音と、それこそが魔力をまとったような、朗々とした声だけが音楽みたいに響く。


「幾何学的な陣である程、一般的に術の威力は高いと考えられている……しかしながら、実戦で満足に扱うことが出来なければ、また容易に破壊・書き換えのなされるような代物を武器とすることは、それ即ち魔法使いにとっての死を意味する」


 その静寂の上を、暗い緑の瞳だけが這うように睥睨(へいげい)する。死を知る瞳だと、かつて闘技場で向き合った時、そう直感したことを思い出す。


「諸君らに、これ以上の講釈は不要だろう。その頭の中に詰まったものを、忌憚(きたん)なく開陳するが良い。その頭蓋の中で、知の至宝が無駄に腐り落ちていないことを期待する。指示は、羊皮紙にある。作業には危険を伴う……万が一何らかしかの問題が発生した場合、死にたくなければ自らの術が行使される前に申し出るように」


 これが単なる演習である、と言う事実を忘れさせるような、そんな緊張感が背筋を駆け抜ける。誰もが満足に呼吸も出来ない、恐ろしい沈黙の後に、じろりとその瞳がこちらを向いた。


 どこか不機嫌そうな視線に首を傾げ、その神経質そうな細長い指が、()れったく彼の腕を叩いたのを見てアッと(まばた)く。私が講堂を埋める人々に向けて、課題の羊皮紙を飛ばし始めると、マスター・リカルドは感情の読めない瞳に戻って口を開いた。


「その他、何かあれば挙手の上で『助手』に申し出るように」


 その瞬間、無数の視線がマスター・リカルドを越え、紛れもない私に突き刺さった。その圧に脚がすくみそうになるのをグッと堪えて、私は私の仕事に専念を。



 コツリ、と。


 一歩踏み出されたマスターの足音と鋭い眼差しに、慌ただしく視線の散らばる気配を感じて、私は内心胸を撫で下ろしながら講堂の隅に移動した。マスターから預かった鍵で、ガラス張りの薬棚とアダマンタイト製の保管庫を開放すれば、慣れ親しんだ薬草の苦みを帯びた匂いと、ツンと鼻をつくように独特なインクの混じり合った匂いが押し寄せる。


 私の放った魔力の風に乗せて、全ての人に課題が行き渡ったことを確認すると、マスターは頷いて短く告げた。


「……以上だ。始めろ」


 始めは遠慮がちに、そしてそのうちなりふり構わずに、それぞれが頭を抱えて与えられた課題と向き合い始める。

 カサリと羊皮紙のこすれる音。カリカリと引っ掻くような羽ペンの羅列。自分の中で組み立てた術式を反芻(はんすう)する息遣い。ペン先に籠められた濃密な魔力の軌跡。


 最初はどこか無秩序で、それなのにピタリと揃って恐ろしかったそれが、今では一つの奇跡みたいに見える。それぞれの描く陣は、同じ時間を同じ場所で学んでいるはずなのに、紡ぎ手によってまるで違う。

 既に頭の中で何案も準備してあるかのように、ガリガリと描き進めて行く人。一から術式を組み上げるかのように、緻密(ちみつ)な線を書いては消してを繰り返す人。自身で持ち込んだインクを用いて、実験的なことを試し始める人。


 きょろきょろと忙しなく首を巡らせる私の背中に、物言いた気な視線が投げられた。


『個に囚われるな。全体を俯瞰(ふかん)しろ……貴様には、その『眼』がある』


 ついこの間、ボソボソと相変わらず不機嫌そうに告げられた言葉を思い返しながら、姿勢を正して少しずつ息を吐き出して行く。息を吐き出すごとに、心臓から響く音が講堂の音と溶け合って行くのを感じる。


 鼓動は、私達に与えられた最初の魔力。呼吸は、私達の持つ最初の魔法だ。


 森に沈む時みたいに、ゆったりと意識を張り巡らせれば、見ていなくても全てが『視える』し、感じ取れる。

 そうした私の意識の糸に気付いたマスターが、嫌そうな表情で手を振ると、彼の周囲だけ反応が絶ち消えた。ふん、と鼻を鳴らす横顔に、まだまだ彼には(かな)いそうもないと首を竦めて、講堂中に配った課題の羊皮紙に目を落とす。


(うわぁ……シエロが『性格悪い』って言いそう)


 見れば想像通り、シエロは眉間に険しいシワを寄せて、苛立たしそうに宙空へ叩きつけるようにして、魔力の線を書き散らしていた。その姿は『どうせ見られたところで、誰も理解出来ないでしょ』とでも言うような気迫があって、思わず笑ってしまいそうになる。




 課題として記されていたのは、一つの魔法陣とたった二行の設問だけ。



 一つ目の問いは『過ちを正せ』


 与えられた魔法陣は、私の目から見ても欠陥だらけで、少なくともマトモな魔法が構築出来るとは思えない代物だった。直そうと思えばいくら時間があっても足りないくらいで、ただそんな『正解』を探すことは恐らく求められていない。



 二つ目の問いは『反転せよ』


 自分で正した陣に対して、それを打ち消すための魔法陣を描け、と言うことで。自分が正した一問目が『間違っている』ことを認めないと、二問目はそもそも始まらない……始めることが、出来ない。


 矛盾している、と思う。同時に、マスターらしい、とも。




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