04 見送る背中 ⑤
「特定の位階まで達した魔法使い以外、その論文が読めない書庫に所蔵されるってこと。お前も第四階位に上がって、その位階専用の書庫が開放されたでしょ。その水準に達している魔法使いじゃないと、読ませられないような危険な内容で、なおかつ重要な文献だって認められるって意味。別に禁書扱いは誉れってワケじゃないけど、一種の称号だから」
「称号……」
その価値を、未だに良く分かっていない様子のリアに、シエロは諦めたように首を横に振った。苦労する男だ、と思う。
「後は、そうだな……俺が専門としている魔法石学とも、通じるものを感じた」
「それって、遥か昔に廃れた宝石魔法の話?」
眉を跳ね上げるシエロに、俺は手厳しい評価だなと苦笑する。
「我が一門としては、まだ前線に立ってはいる積りではあるがな」
「……ごめん、失言だった」
俺の出自を珍しく失念していたのか、シエロが不味い木の実にでも当たったような表情で謝罪した。
「いや、気にしていない」
実情としては、それが事実だろうと思いながら頷いておく。この会話がさっぱりであるらしく、大人しく話の行末を見守っているリアに、俺はいつか彼女にも話そうと思いながら、話を元に戻した。
「魔法石学では、錬金術の『賢者の石』概念とは異なるが、一貫して『永遠』を求めることから全てが始まる。宝石の内奥に蓄積されて行く無限の輝きと、永遠を持たない人間は決して相性が良いとは言えないが……ただ、その時間的また能力的制約を『機構』に求める、と言う考え方は強く印象に残ったな」
「そっか、宝石……」
目を輝かせたリアが、何かを思いついてしまったような表情で、忙しなく宙空をさまよわせる姿に、俺とシエロは顔を見合わせた。これは暫く『戻って』来ないな、と思ったのか、シエロは慣れた様子で薬草茶を淹れる準備を始めた。
(……この男も、魔法の扱い方がこなれて来たと言うべきか)
魔法使いと言うものは、魔法を研究対象として見ているからなのか、それとも破壊するだけしか能がないのか、意外と日常に魔法を使おうとする者は少数派だ。それこそリアのように息をするように魔法を生活の中に取り入れている人間など、稀と言っていい……そこまでルーンや古の言葉が身になっているからこそ、文献の渉猟も早いのだろうが。
どこからかシエロが取り出したガラスの箱の中で、湯と共に薬草がくるくると巡る。さすがと言うべきか、それさえも彩り豊かで美しい。本当に、細やかな所に気を配るものだと感心しつつ、ボンヤリと男二人並んで眺めていると、不意にシエロが口を開いた。
「なんかさ……あんな風に夢中になれるものがあるって、ちょっと羨ましいよね」
「……アンタは、自分の研究が楽しくはないのか?」
俺は目を見開いて、思わず彼の胸元に光る新緑の芽吹くような色の宝石に視線を向けていた。俺と同じ第五階位にいると言うことは、少なくともこれまでに二本の論文を書き上げて、更には認可を受けていると言うことなのであって。
「あぁ……お前の論文は、自分の研究対象が大好きで堪らない、って感じだしね。別に僕は、研究者になりたいワケでもないし、魔法使いになりたいワケでもないから……本当は、第五階位なんかで足踏みしてる場合じゃないのに」
俺の論文を読んでいたのかと、意外に思いながら返答に迷う。正直、俺は愚直に自分の知りたいことのために研究を続けていたら、気付いたら第五階位などになっていたと言う有様で、その『先』などは考えたこともなかった。だが、もし……もしも彼が言葉通り、位階の昇格だけを、それによって得られるものを求めているのだとすれば。
「アンタ、まさか」
息を呑む俺に、刺すような視線が俺を貫く。ここから先は踏み込むな、と……最近ようやく彼のそうした機微が分かるようになって来た気がする。故にこそ一抹の寂しさを感じながらも、俺は頷いてそれ以上の言葉を飲み込んだ。
「……だが、案外と上手くやれているようだな。マスター・リカルドが弟子を取るなど、考えたこともなかったが」
恐らく、誰も本気では考えなかっただろう。彼がそれだけ敬遠されていた、と言うことなのかもしれないが、少なくともあれだけ位階の離れた、それも儀仗を抜いてまで臨んだ本気の決闘で敗北した相手を、更には犬猿の仲であるマスター・フィニアスの門下生を弟子に取る、などと言うことが有り得るはずもないと。
「ほんっと、ワケ分かんない……戦って認め合うとか、どこの騎士物語?」
今回、最もリアとマスター・リカルドの二人に振り回されているだろう、シエロの横顔がげんなりしたような表情を見せる。




