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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ③


「……早く座れば?一応、お前の分もあるから」


 素っ気なくそう言って、バスケットの一画を指差してみせたシエロに、思わず笑みが浮かぶ。言われるままに腰を落ち着けて、その一つを手に取れば、中にはきらきらとルビー色した木苺のジャムが輝いていた。その隣には、恐らく無花果(いちじく)胡桃(くるみ)のコンフィチュールを挟んだもの。きっと、わざわざ作ってくれたのだろう。面倒見の良い男だ。


美味(うま)そうだ……ありがたく頂こう」


 礼を告げて口に運べば、こちらを伺うような視線を感じた。一口かじると、深いオリーブの香りの直後に、じゅわりととろけるような木苺のジャムが口の中に広がった。甘酸っぱいそれに頬を緩めて噛めば噛むほど、上質な小麦本来の甘みを感じて唸る。


 小麦も砂糖も、いずれも豊かさの象徴だ。貴族しか食べない……とまでは言わないが、人々が食べているのはボソボソとした黒パンが普通だし、こんな風にふんだんに砂糖を使うことなど許されないだろう。


 人の世は食が豊富だと思っていたが、この学院都市を始めとして、エルディネの息がかかった土地は特に珍しい食べ物で(あふ)れている。我が祖国も、豊かではあるはずだが……何がこうも違うものかと首を(ひね)りながら、手間暇のかけられた弁当を黙々と食す。


「肉ばっかり食べてるくせして、よく獣臭くならないよねぇ……」


 先刻から元気よく肉を平らげている健啖家(けんたんか)のリアを横目に、どちらかと言えば食の細いシエロが呆れたような溜め息をこぼす。ただ、その瞳にどことなく慈愛の色が滲んでいるのを見てとって、この男も変わったものだなと素朴に思う。いや、リアに引き出されたと言うべきか、この場合は。


「……獣臭い?」


 食の手を止めて首を傾げるリアは、常にダイアウルフの兄や仲間のワタリガラスと共に在ることもあって、完全に獣臭さと言うものに麻痺しているようだった。ただ、シエロが首を捻っているように、彼女からそうした匂いを感じたことはあまりない。


 どちらかと言えば、森の匂いとも言うべき……強く香るのは薬草だろうか。彼女の小さいながらに苦労を知る手には、医者の手であるかのようにハーブの匂いが染み付いている。そして、ふわりと漂う蜂蜜のような甘い香り。宮中の女達が自身の発する獣臭さを香水でなんとか誤魔化そうと、四苦八苦していることを思えば、彼女達がリアを見たら発狂するのではないかと思えてくる。


「別に、気付いてないならいいけど。どっちかって言えば、お前は薬草臭い方を気にするべきなんじゃないの。気付いたら部屋の中が草だのキノコだの蜂蜜だの……それだけならまだ良いけど、何かの死骸持ち込んだりするのは二度と止めてよね、本当に」

「うぅ……それは、ごめんなさい……」


 それに関してはよほど絞られたのか、しゅんと(しお)れたような表情を見せるリアに、それでも彼女はシエロの想像の斜め上を行く何かをしでかすに違いないと思う。


「……ねえ、いつまで医者の真似事してるつもりなワケ。それって白い目向けられて、後ろ指さされて、魔法使いとして生きにくい人生選んででも貫くべきこと?」


 不意に真剣な声音で言葉を落としたシエロに、リアは深緑の瞳を瞬かせた。


「そうだよ」


 はっきりとした答えに、滅多(めった)とリアを真っ直ぐに見ることのないシエロが、珍しく長い時間をかけて彼女の瞳を見つめていた。


「……あっそ。なら、そうすれば」

「うん」


 暫くして落とされた、どこか突き放すような言葉に、リアが笑って頷いた。こうした瞬間、二人はどこまでも噛み合っていると感じる。


「そう言えば、読んだぞ。アンタの論文」


 ふと思い出して俺が呟くと、リアは瞳を輝かせて身を乗り出した。


「どうだったっ?」


 あまりに無邪気なその表情に、彼女の人となりを知りながらも、あの難解な論文をこの幼い少女が書いたのかと、さすがの俺も驚かされたと言えばそれまでだが。


 蒼穹に輝く陽の光を閉じ込めたような、(まばゆ)いばかりの黄金色(こがねいろ)の宝石を襟元に留めた彼女は、既に第四階位(ティトス)へと昇格していた。ティトスへと昇級するための試練は、誰か一人のマスターに師事し、論文を執筆して認可を受けること。


 今更と言えばそれまでだが、俺達はそれぞれの目的を持って『研究』をするために、この学院の門を叩いたのだと言うことを、改めて突きつけられたような心地がした。俺自身、いつまでぬるま湯に浸かっているつもりなのか、と。


「そうだな……」


 思わせぶりに、それだけを告げて。そこから先の言葉が続かないことが、口惜しかった。本当は、彼女の文章を読んだ瞬間から、泉のように溢れた言葉が沢山あったはずなのに。俺は勝手に彼女のことを『同類』だと思いこんでいて、何も知らずに……何も知ろうとしていなかったのかもしれなかったと、そう考えるほどに言葉が出ない。




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