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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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04 見送る背中 ①


04 見送る背中




 『我々』の記憶は、嘆きより始まる。

 だから『彼ら』と本当の意味で分かり合うことはない。

 それで、いい。それだけで、良かったはずだった。


 それでも。

 近くて、遠くて……それなのに離れられないのは何故?

 その答えが、きっとここにある。




 *




『ほらほら、シドってば!』


 手を引く懐かしい温もり。


『俺、まだ眠い……』

『そんなの、街に出たら吹っ飛ぶわよ』


 弾けるような笑顔に、まだ幼い俺が目をこすりながら追いかける。


『……本当に行くの?』

『規則破りに二回も三回もないでしょ』

『つまり、何回かは街に下りてるってことか……』


 苦笑しながらも、禁じられた外の世界に胸を(はず)ませて。


『行くよ?』

『うん』


 ガランとした使用人部屋、その窓に二人手をかけた。


『わぁ……!』


 飛び出した屋根の上から、初めて見下ろした人間の世界。


 まず感じたのは、匂い。焼けたパン。(さば)かれた肉。生臭い魚。何より通り過ぎていく人間達の、ごちゃごちゃ混ざり合って刺激的な匂いだ。でも、悪くはなかった。


 次に押し寄せて来たのは、音の波。期待と興奮。高鳴る人々の鼓動。(せわ)しなく交わされる言葉。無数の足音を呼び止める店売りの声。遠くに響く赤ん坊の泣き声。


 居並ぶ出店の(にぎ)やかさ。人々の浮かべる活き活きとした表情。(ひるがえ)る踊り子の裾の鮮やかな色彩。どこか遠い異国から辿り着いた珍しい品々の輝き。


 これまで世界の全てだった屋敷の中に比べて、何もかもが速くて、熱くて。


『シド、はやく行こっ』

『うん!』


 もう一度、差し出された手を握って……そして、気付いた。




 ああ、夢か。




 *




「ド……シド……」


 もう俺を、そんな風に呼ぶ人はいないはずなのに、誰かが俺の肩を揺さぶっている。


 どうか、静かに眠らせて欲しい。眠っていれば、世界の美しくない部分を見ずに済む……夢の中の、どこまでも綺麗だった想い出の中で、ただ息をしていたい。


「シド……!」


 はっきりと耳に届いたその声に、ハッとして目を覚ます。

 ……そうか。ここはイスカーンでも、クラリスでも、ゼクトでもない。


「リア」


 (かす)れた声で彼女の名前を呼べば、安堵したような息が聞こえた。


 目を(またた)かせれば、眩しい光が俺の中に雪崩(なだれ)込んでくる。ボヤけた世界の中で、空の蒼に金色の太陽を溶かし込んだような、鮮やかな色彩の魔力が見えて……そしてようやく、現実に焦点を結ぶ。心配そうな表情が、森の瞳が、俺を覗き込んでいて。


 呼吸の仕方を忘れていた肺に、勢い良く息を吸い込む。風の匂い。土の匂い。獣の匂い。森の匂い。甘い、蜂蜜みたいなリアの匂い。


「シド、大丈夫?」


 その問いに首を傾げれば、同じ方向にコテリと彼女が首を(かし)げる。


「泣いてた、から……悲しい夢を、見てるのかと思って」


 そう言われて、初めて頬に流れた涙に気付いた。


「……俺は、悲しかったんだろうか」


 問いともつかない問いに、リアはただ静かに俺を見ていた。彼女のそういうところが、好きだと思う。


「優しい夢を、見ていた……でも、夢に囚われるところだった。アンタが呼んでくれなかったなら」

「それは、シドにとって悪いこと?」


 リアの問いかけに、もう一度立ち止まって考える。かつての俺なら、迷いなく優しい夢の方を選んでいたかもしれない。でも、今は。


「今の俺は、この現実を生きていたい。だから、ありがとう……俺を呼んでくれて」

「そっか……良かった」


 パッと花開くような笑みと共に、泡のように魔力が弾けて光の粒となる。思わずその様に見とれて、いつも時間を忘れている。


「そうだ、ごはん」


 急に目を見開いて呟かれた言葉に、言われてみれば腹が減っていることを自覚する。


「シエロが何か作って来てくれるって」

「……彼は食事を作れたのか」


 目を瞬かせる俺に、リアがまた首を傾げる。


「どうして?」

「いや、どうしても何も……」


 そこまで告げて、言葉を濁した。これは、俺が言うべきことではないのだろう。シエロ本人は、あまり気にしていないようにも見えたが。


「だが、何が出来ると言われても不思議はないな」


 誤魔化(ごまか)すように、ただ本心からそう告げれば、リアも納得したように頷きを見せる。


「だよね。なんか、エマおばさんみたいだなぁって」

「親族か?」


 リアは野性的ではあるが、ところどころの所作は洗練されている。そうした場に出れば『きちんと』出来るのだから、大したものだと思うし、良い教育をされているのだろう。だが……そうした身分の高い女性に、料理の出来るイメージはないが。


「ううん……仲が良かった人の、お母さん。子沢山で、すっごく仕事の出来るおかみさんなんだ!」

「……そうか」


 思わず笑わなかった自分を、褒めてやりたい。


 ただ、リアにとっては大事な人なのだろうし、真面目な顔を取り繕うことに全力を注ぐ。




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