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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
15/277

04 千客万来 ①

 *


04 千客万来


 家族、とは何だろうか。血の繋がりか、重ねた時間か……それとも?


 *


「エル……おさんぽ、しよ?」


 そんな愛らしい『おねだり』に屈服した私は、いま娘と共に雪原の上を歩いている。


 本格的な冬ともなれば連日連夜と吹雪が続き、外に出る事など自殺行為でしかない。実際、この冬はいつになくキッチリと食料だの何だのを(あな)(ごも)りの熊の如く貯め込んで、万全の体制で臨んだのだが、その結果として晴れている時でさえもほとんど外に出る事なく過ごしていた。もっとも、外に出た所で今の軽く十倍近くは雪が積もっているだろうから、特に幼子には命懸けで散歩などと呑気に遊んでいられるような環境ではないのだが。


 辺境の冬は、実を言えば私もこれで三度目でしかない。ここはエルディネ王国の北端、ルーベン辺境伯領にある小さな村だ。村そのものは昔から存在するようだが、辺境伯そのものは近頃になって置かれたものらしい。かつては王都に住んでいたが、ここよりもずっと南の方にある故、冬の寒さも積雪もここまで厳しいものではなかった。

 ただ、外に出ようが出まいが私の一日が劇的に変わることなどない。大量にストックしてある薬草の下処理や、薬の材料の精製、売り物である魔法薬の調合、日課である錬金術の基礎研究。時間だけは幾らでもあるから、後は読書や書き物をするか、リアと出会ってからはリアと遊ぶか抱き上げているかのどちらかで一日が終わる。


 そう言う訳で、私が外に出る事など必要な仕事がある時くらいで、例えば身体の動かせない病人や怪我人を診る時、或いは狩りか薬草類の採取のために森へと出向く時くらいのものだろう。しかし、幼いリアに私のような世捨て人と同じ生活を強いる事は出来ない。

 現に冬の間中ずっと、小さな窓を見上げて冬の終わりを待つ姿に、普段も寂しい思いをさせているのかもしれないと心苦しく感じていた。近頃では一人であちこちと歩き回るようになってきているが、あまりそれを止めたりはせずに自由にさせてやっている。一応、ラスを子守りに付けているが、そうでなくてもここは私の結界の中。そこから出る事さえなければ『何人(なんぴと)たりとも』傷付けられることはないし、リアの危機ならば察知出来る。


 そんな風に歩き回らせていた結果、どうやら何故か森の『動物』達と友誼を結んでいるらしい。人里の子供はどうしたのだ、と思うがこれには外出する時に森の中ばかり連れ回している私にも、責任の一端があるのだろう。ただ、人間などより余程賢い動物などザラにいるものだし、何より精霊の拾い子であるリアを傷付けようとするものなど、特に森の生き物の中にいないだろうと特段心配はしていなかった。

 更に言えば、幼いながらにリアが己を『周囲とは違う』と敏感に感じ取っているようである事も、人里で遊べと強いる事の出来ない理由の一つでもあった。彼女を拾って間もない頃に、精霊の拾い子の証である尖った耳は、我々と同じような丸みを帯びた耳に擬態させた。故に村の者は誰一人としてその事実を知らないはずだが、さすがに彼女がアルビノである事までは隠す事が出来なかったため、そちらの方に怯えているのかもしれない。


 全身の色素が欠けたまま生まれてきているだけで、呪いなどではないと幾ら説いても長年信じ続けられて来た事を、そう簡単に変えられはしない。そうでなくとも、残念ながら私の子であると言うだけで村の者達からは遠巻きにされている始末……今はまだ幼すぎる故にそうした違和感は薄いかもしれないが、成長すれば孤独を感じるようになる。


(まだ遠い話、とは言え子供の成長は早い)


 私自身がそうであった故に、それだけは分かる。ここを(つい)棲家(すみか)とするには彼女にとって窮屈であるやも知れんと、そう思っても私はここから『出る事が出来ない』故に、もしリアが外の世界へと出て行きたいと言う事になれば見送る他にはないのだろう。


(どうにも想像がつかない)


 この小さな、抱き上げれば腕にすっぽりと収まってしまうくらいに、本当に小さな生き物が、私と視線を合わせる程に成長して自分の足でここを出て行く時が来る事など。生きるために私の助けを必要としなくなる時が、すぐに来てしまうのだと言う事を。

 それが自然の摂理と言うものなのだろうが、そうだとすれば共に居られる時間など十数年程度にしか元より無いのかもしれなかった。


(たった、それだけか。私とお前の道が交わるのは)


 そう思いながら、この雪景色よりもずっと甘く柔らかな白の巻毛をそっと撫でる。どうかしたのかと、こちらを見上げて来る顔に『何でもない』と言う意味を籠めて頭を振れば、何が楽しいのか嬉しそうにすりすりと身を寄せてくる。

 十年、という時を短く感じる事など、あるはずもないと思っていた。ただ、時間だけがそこに在って、一分一秒と言う僅かな時間さえもが気の遠くなる程に長く感じて。己の生の中に『何か』が欠けている、という拭い去れない感覚だけを抱えて、永劫に等しい時をただ息をして命を繋ぐだけの日々だと。そう、思っていたはずなのに。


(この感情は、何だろう)


 私とて、実を言えばたかだか二十年と少し生きた程度で、更に言えば人間らしい感情とも縁遠く生きてきた故に、己の『こころ』に関しては未知の領域ばかりである。ただ一つだけ、私を突き動かす『あの』強く激しい感情だけが、私の生きる理由であり全てであった。

 それとは似ているようでまるで異なる、この暖かく柔らかな感情を、何と呼ぼう。遥か記憶の奥底に眠る、いつか感じた事のあるような、この穏やかで優しい時間を。


「これも、愛だと言うのだろうか」


 ふと口から零れ落ちた言葉に、ハッとして口元を押さえた。近頃、こういう事が増えて来た気がするのは、気が緩み切っているという事なのだろうか。昔の己が見れば、今の私はさぞかし腑抜けた顔をしているに違いない……だが、それも悪くはないと思えるようになった。それだけで、良いのかも知れない。



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