03 勝利への渇望 ⑳
私は多分、私のすべてを使って叩き込んだ攻撃を、こうして受け止めてもらえたことがなかった。オロケウもメクトゥシも家族ではあるけど種族の違いはどうしたって存在して、エルは私に人相手の戦い方を教えようとはしなかった。私にナイフの扱い方を教え込んでくれたライは、ナイフの扱い手としては一流でも魔法使いではなくて、フィニアス師は私との格が違いすぎて戦うことなんて考えもしなかった。
(この人は、違う)
今はどこまでも遠いけれど、私と同じ地平に立っている。エルとかフィニアス師みたいに……途方もない高みで輝く星が、どれだけ遠くにあるのかを知っていて、それでも手を伸ばさずにはいられない。それほど沢山言葉を交わした訳じゃないけれど、交わした魔法が告げている。この人は多分、私と同じだ……そんなことを考えるのが、申し訳無いくらいの実力差があったとしても。
ただ、だからこそ全力でぶつかったとしても、きっと全力で受け止めてくれる。私が駆けていく世界の、少しだけ遠くの景色を見せてくれる。この美しい魔法を受け止めずに逃げ出すなんて、そんなもったいないこと、出来るはずがない。
『殺す気でやれ……責任は、俺が持つ』
試練の始まる前に、門番さん……学院長から囁かれた言葉が、脳裏に蘇る。あの日、ユーリの……人の死の冷たさを感じた瞬間から、刃を振り翳すべき瞬間がこの世にはあることと、それに伴う代償を知った。必要な場面で必要な時に、躊躇なく心臓を貫き喉笛を切り裂くためだけに、このナイフを振るって来た。
いつだってそれは命懸けであるべきで、生き残るために在る術で、だからこそ楽しんではいけないものだと自分に言い聞かせてきた。でも、もう認めるしかない。自分の全力をぶつけて、それを受け止めてくれる相手がいることは、こんなにも楽しい。
それでも、いつまでも『遊んで』はいられない。私には、やるべきことがある……今この瞬間にも、ライの命は零れ落ちているはずだから。全てを出し尽くして、それでも負けるなんてことは許されない。私に二度目は、ない。
(だから、この一閃に全てを賭ける――!)
思考を巡らし、最適解を探せ。ほんの一撃、紙一重でも一矢報いることのできる道を。
《チェルテ・オーディア》
本質を、示せ。この夜空の、星々の。
太陽と月の排された、不完全なようでいて完全な天体は、間違いなく現実の空を模している。それなら、その核となる星は何だろう。
ルーン、魔法陣、占星術……ありとあらゆる魔法魔術の根幹にある星。一番星。始まりに瞬き、終わりに燦めく、世界で最も明るい星。
あまりに自然に、そしていとも簡単に、その答えに辿り着いた瞬間『言葉』が溢れた。
《アレリオ・ヴィーア、ディア・ティーゾ・ケイディア……リベル・エイビア、ディア・ニーオ・ディシタ》
道よ、開け。我は真実を織る者。深淵よ、開け。我は護りを識る者。
自分が、ひどく危険な綱渡りをしている自覚はあった。エルから聞きかじっただけの魔法を真似ながらも変質させ、レース編みみたいに緻密なマスター・リカルドの魔法を遡る。私の中に逆流して来ようとする熱くて重い魔力の渦に、精神力だけで踏み止まり一筋の糸を掴んだ。
《レヴィ・レムナント》
仮初の夜空に、いっとう輝く星の記憶を呼び起こす。その本質は、この目で『視た』から……それは光であり、熱であり、やがて炎となり、燃え尽きるまで。
私のしようとしていることに気付いたのか、目を見開いたマスター・リカルドが、初めて私の瞳を探るように覗き込んだ。この一瞬、この世界に私と彼だけが、互いの存在を認めていた。昏く冷たい緑の瞳に、燃え盛る青い炎が映り込む。感情を排したような表情の奥から、荒れ狂うような激情が引きずり出され、魔力の奔流に任せて迸る。
《イデア》
顕現せよ――
朗々たる声が、迷いなく終句を紡ぐ。術の完成と共に、無数の星々が私を殺そうと一斉に降り注ぐ。美しい。怖い。死にたくない。
(それでも、この『糸』だけは絶対に離さない――!)
前に進むため、なんて綺麗事を、今だけは捨てよう。勝ちたい。目の前に立ちはだかるこの人に、どうしようもなく勝ちたいから。手にした糸を、美しく織り上げられた夜空の綻びとなるまで手繰り、引き千切るための言葉を。終わりを、告げる。
《ルキア――!》
ただ、衝撃。
キィイイイイン――
明けの明星が、その名を示す『言葉』の強制力によって引き裂かれ、溢れ出た炎が星々を、夜空を巻き込み燃やし尽くそうとする。鼓膜の破れそうな爆音に聴覚が麻痺し、超大な魔法が逆流し、擬似的に時が巻き戻される感覚に胃が引っくり返る。
それでも、この戦場に私達は立ち続けていた。星屑が煙り、二人の姿を覆い隠す瞬間を、その隙間を駆け抜ける。
《ヴァトー、ヴァトー、ヴァトーっ!》
熱に浮かされたように風を呼び、彼らを踏みしめて高く翔け上がれば、この瞬間だけ空の全てが私のものになる。きっと、私だけが空を知っているから……慣れ親しんだ風が背中を押す限り、私は負けない。炎に抱かれて、ただこの刃で勝ち取るために、前へ。
宙で交わる視線に、また少しだけこの人の孤独を理解する。魔法魔術の深淵に、届かない星に向けて伸びていた指先が、今はただ私の命を載せた一閃へと伸ばされる。
どこか眩しそうな瞳が、私を捉えた。
*
「勝者、第二階位・レイリア――!」
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