03 勝利への渇望 ⑰
「だとさ。ほら、熱心な学徒共が呼んでるぞ?恥ずかしがってないで、出て来いよ」
からかうような男の声に、闘技場の中心へと進み出た影が一つ。
(嘘、でしょ)
いや……想像はしていたし、何よりこれ以上ない適任者でもあった。第二階位以降の試練は、どれも基本的に試験官を必要としていて、最初の試験官が専属のマスターとなり学徒を導くのが通例だ。それも優秀な人材は目を付けた者勝ち、と言う研究室間の人材獲得競争を荒立てないための暗黙の了解ではあるのだが、他のマスターの打診に対して最初に試験官を務めたマスターが頷いた場合は、その限りではない。
リアは最初の試練でとんでもない成績を叩き出していて、それらはここにいる一般の学徒は知らずとも、マスター間では共有されている情報であり、当然ながら自分の所に欲しいと打診したマスターは大勢いたに違いない。彼女がまだ幼く、女性であり、出自も判然としない身であっても、この魔法科棟の完全実力主義社会の中では関係のない話だ。
学院長から命じられて渋々、と言う線も考えられるが、これまで頑なに研究生を取ろうとして来なかった彼が……マスター・リカルドが、他のマスターによる打診全てを撥ね退けてでも、リアを手元に置いておきたいと考えたのだとしたら。
(……さすがにそれは無い、よね)
そうだとすれば、さすがにリアの男運……いや、マスター運が無さすぎる。この場合は、あり過ぎると言うのが一般的には正しいのかもしれないけど。
「……学院長、少々お戯れが過ぎるのでは」
「あっはっは、じゃあ今ので『おあいこ』な」
全く笑っていない瞳の応酬に、見ているこちらが冷や汗をかきそうになる。誰もが知る厳格と冷徹の権化であるマスター・リカルドに、彼が『学院長』と暴露しながらも一応の敬意を示している人物……リアの言う『門番さん』は、正真正銘の学院長だった。
学院長と面識がなく、門番の正体を想像もしていなかった中下級貴族の連中、つまり闘技場の席を占める殆どの人間が驚愕のあまり騒つき始める。その声さえも、マスター・リカルドの一睨みと、学院長の人を喰ったような笑みで一瞬にして静まり返り。
「これより第八階位・リカルドを試験官とし、学院長である俺の監督下において、第二階位・レイリアの昇格試験を執り行う。異存のある者は、直ちに申し出よ」
そんなもの、出るはずがなかった。不気味なくらいの沈黙の中で、満足そうな笑みが場内を見渡し、高らかに告げる。
「試験官の勝利条件は、先の決闘と同じく気絶させるか降参させること。ただし挑戦者は双方の実力差を鑑みて、試験官に一撃でも与えることが出来れば勝利とする。相手を死に至らしめなければ、どんな手を使おうとも構わない。それでは……双方、構えよ」
つい先刻の決闘では、その言葉を聞いても至って自然体のままだったリアが、打って変わって緊張した様子で右手を天に掲げた。
(何かが、来る――)
空気がゆらぎ、不穏な気配が背筋をゾクリと震わせる。それが何かは分からなくても、己の身を守らなければならないと言うことだけは切実に理解していた。
《シーラ・サンシア!》
力を、示せ――
*
ズダァアアアンッ
雷撃が、落ちる。空間がバキバキと割れる音と共に、肌をチリリと焦がすような感覚が、ここは戦場になったのだと心臓に爪を突き立てて鳴き叫ぶ。常に俺と共にある、動物的な本能が呼び覚まされて、餌を目の前にぶら下げられた時のように喉が鳴った。
『っ、なんだ今の……雷?』
『雷って……何属性になるんだ?火か……いや、光か?』
『そもそも属性分類の生まれる前の、古代魔法じゃ』
場内を駆け抜ける、興奮を隠し切れない囁き声に、やはりこうなったかと笑う。この魔法学院に籍を置く者は、良くも悪くも完全実力主義……そして、未知の魔法に出会えば目を輝かせて、仕組みをあれこれ捏ねくり回して議論しなければ気の済まない『魔法馬鹿』の集いでもある。
(その目でとくと、見るがいい……人の目で追い切れるかは、分からんが)
小さな体躯が雷鳴を踏み砕き、風を足場として天を翔ける。ひとところに留まらず動き続けることは、強大な敵を前にした時の選択として悪くない。ただ、この場合は倒すべき敵が強大すぎるのでは、とも感じさせられた。
「ラァアアアアアッ!」
いつもシド、と優しく俺を呼ぶ声が、猛々しい獣のごとく叫びをあげる。いつもの声もいいが、この命がけの咆哮も好きだと思う。脅威であるはずの自然を味方につけ、森の獣の敏捷さと狩人の計算高さを持ち合わせるリアに、人の身で立ち向かうには相応の技量が必要だろう。
(……自然の中であれば、の話だがな。先程の相手とは、訳が違う)
この戦場は、彼女にとってあまりにも不利だ。森の中に身を隠すことも出来なければ、足場になるようなものもなく、大勢の人間に囲まれている状況は森に生きる者には酷なものだろう。更には、相手にしている魔法使いが、先刻の雷撃に眉一つ動かさずに対応してみせる手練であるとなれば、迂闊な動き一つが手の内を晒すことになる。
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