03 勝利への渇望 ⑯
初めて出会った時から、窓から飛び降りたり逆によじ登ったりと驚異の身体能力を見せていたし、彼女が兄と呼ぶオオカミとじゃれ合っているところも見かけたことがある。だからこそ『多少』は動けるのだろうとは思っていたし、そうでなくてもフィニアス師が望んで弟子にした彼女なら、魔法だけで十分に戦えるだろうと考えていた。
それがまさか魔法の一つも使わずに、曲がりなりにも訓練を受けて育ってきたはずの貴族の男を、純粋に戦闘技術だけで少女が圧倒するなんて、誰が想像できる?リアの動きは、兵士と言うよりも『兵器』のそれだった。その小さな身体と、人間の悪意に対する人並みの恐怖心を見せた姿と、振りかざされる剣に躊躇なく踏み込む姿が余りにちぐはぐで。どこか、そう……何があっても生き延びるため、骨の髄まで叩き込まれたみたいに。
『これは、アリなのか?』
『確かに、どんな手を使って、どんなことをしても構わないとは宣言されていたが……』
そうだ。故にこそ、誰もがリアの敗北を……彼女が卑劣な、ここでは『正当な』手段によって痛めつけられ、ズタボロになる未来を確信していたはずだ。それがこのような形で覆されてしまった今、場内には彼女を良く思わない奴らの声が大きくなっていた。
『魔法使い同士による決闘で、魔法の一つも使わないなど愚弄の極み!』
『所詮は狩人の子が、大した魔法の教養もなく紛れ込んだのだろう。神聖なる魔法魔術の学び舎で、なんと野蛮な……』
『こんな試合は、位階の昇格試験として成立しない!無効だっ!』
試合が始まる前以上に悪辣な野次が容赦なく飛び始め、闘技場の中心で罵声を浴びる小さな背中を見ていられず、声を張り上げようとしたその時だった。トン、と肩を叩く感覚に振り返れば、あのいけ好かないシドニアが首を横に振って向こうを指し示した。
思わず怒鳴りつけたくなる気持ちを必死に抑えて、その指の先を見れば例の『門番』が、性格の悪いような笑みを浮かべて事態を静観しているのが見えた。
「ゴチャゴチャうるせぇな、部外者共?」
それは決して大きな声ではなかったはずなのに、一瞬にしてこの喧騒を静まり返らせるだけの『力』があった。彼はリアの方を見て、注意深く観察していないと分からないほど微かに笑いかけると、自分の方に注目を集めるように観衆の意識と視線を誘導する。
「わ……話聞いた時には眉唾ものだと思ったけど、ほんとに『お気に入り』なんだ」
「……どういうことだ?」
きょとんとした表情で首を傾げるシドニアに、やっぱりこいつとリアはいっそ腹立たしいくらいに似ていると感じる。なんて言うか、顔立ちとか性格とか……そんな表面的なことじゃなくて、もっと根本的な部分で。
「まさか、お前も気付いてないワケ?まあ、すぐに分かるでしょ」
あの、ヘラヘラしてるように見せかけて、食わせ者の古狸……いつまでも無駄に若作りしやがって。どうしてああも、高位の魔法使いって言うのは年齢不詳で、性格も口も根性も悪いんだろうと思う。それが、非常に分かりにくくはあるが、どうやらリアを気に入っているらしい。
(お前って本当、変なのに好かれるよね……)
そんなことを考えながらも、あの男がこの場を仕切るなら間違いもないだろうと、改めて冷静さを取り戻す。それと同時に、あの『実は凄い門番さん』などとふざけた名乗りを上げた瞬間を思い出し、危うく吹き出しそうになる。あのトボけた呼び名の出どころは、間違いなくリアだろう。
「そもそも……いつ誰が、さっきのお粗末な決闘が第三階位の『試練』になる、なんざ馬鹿なことを言ったかよ。認めるか、そんなもん」
中心に立ち、ゆったりと闘技場内を見渡しながら男が言う。
(っち、そう言えば……召喚状にも、この決闘を試練として認めるなどとは一言も書いてはいなかった。つまりは)
最初から、あの食えない赤毛の『門番』にとっては、先刻の決闘など余興でしかなかったと言うことで。
「ただ、とあるマスターから匿名で推薦は受けてるからなー試練そのものを今日行うことは、正真正銘許可した通りだ。安心しろよ」
そうだ、こういう性格だった、と思い出すも既に遅く。完全に、この男の手の平の上で転がされていたらしい。恐らく、決闘の許可を出したのは、これからも煩いだろう外野の声を黙らせるため。そしてそれを試練として認めなかったのは、どんな『お気に入り』であっても贔屓はしない、と言うこの男の捻くれまくった愛情表現に違いなかった。
『っ、なんの権限があって、そんなことを……!』
『そうだそうだっ!大体、第二階位の試練だって不正によるものだと聞いてるぞ!』
『厳正な試験官を!そうでなければ、認められるかっ!』
またしても外野が騒ぐものの、この男の正体に気付き始めた者達は、青い顔をして黙り込んでいる。それもそうだろうな、と内心皮肉に思いながら、権限ならば持て余すほどに背負い込んでいるだろう男を見つめる。そうだ、下手をすれば一国の主よりも、よほど強大な力を持つこの男は……




