03 勝利への渇望 ⑬
《色々と話し込んでいるようだが、そもそもそこの小僧はお前を呼びに来たのではないのか?》
「あっ……そうだった」
唐突に呟いた、ように見えるだろう私に、シエロが怪訝な表情を向けた。
「決闘、行かないと」
「っ――!そうだ、こんな場所で油売ってる場合じゃないからっ」
血相を変えたシエロが、思わずと言ったように私の手を掴んで引き起こすと、そのまま物凄い勢いで駆け出した。ナジークが慌てたようにバサバサと頭の上に飛んできて、つられたようにシドも立ち上がると、私達の後にピタリとついて走り出す。
「クゥ……ン」
欠伸混じりの声が追いかけて来て、私は振り向きざまに『行ってきます』の挨拶を兄さんに返した。
「アッフっ!」
私の鳴き声に、シエロがギョッとしたような顔で振り返って、更に心底嫌そうな表情を浮かべて口を開く。
「げ、シドニア……お前も来るの」
「一つ聞きたいんだが」
「なに、手短にして」
イライラと言葉を返すシエロに、シドはあくまで淡々とした表情で首を傾げた。
「アンタ、どうして俺を知ってる?」
「嘘でしょ、お前……後で覚えてろよっ!」
怒りに満ちた叫び声に、私の頭からナジークが転げ落ちる。なんだか、決闘よりもこっちの二人の方が心配だな、なんて。そんなことを考えながら、魔法科棟の門を潜った。
*
これまで足を踏み入れたことのなかった、第二階位から入場の許される地下闘技場。そこに一歩足を踏み入れると、ぶわりとした熱気と爆発するような声の渦が全身を包み込んだ。見上げれば円蓋の天井は高く、地下であることが信じられないような広大な空間に、無数の人々が闘技場の席を埋めていた。これだけの人が魔法科棟に存在したことに驚きを覚えると共に、どうしてこの人達はここに居るのだろうと首を捻る。
「来たか、平民!怖気づいて、おめおめと郷里に逃げ帰ったかと思ったぞ!」
騒めく人々の声に負けない高らかさで、例の決闘を申し込んできた貴族の男性……確か、セルギウスさん、だったっけ。
「いや、ついさっきまで、スヤスヤ気持ち良さそうな顔して寝てたんだけど……て言うか、何この人数。他人の決闘見に来るとか、こいつらどれだけ暇なの。研究しろよ……」
ここまで私を連れて来てくれたシエロが、ボソボソと呟きながら冷たい視線で闘技場を見渡した。シエロの言葉によるなら、もしかしなくても私の決闘を見に来たのか、と物好きな人達に驚かされる。
『やってやれ、セルゲイっ!』
『そこの子供が負ける方に、銀貨一枚賭けたぞ!』
耳を澄まさなくても聞こえて来た声に、心の芯がすっと冷えるのを感じた。
「そうだ、義は我にあり!この学院の見識ある者ならば、貴様が姑息な手段を用いてその位階を手に入れたことなどお見通しよ。貴様らマスター・フィニアスの研究生は、総じて分を弁えていないと見受けられる……底辺は底辺らしく、這いつくばっていろ!」
乗り越えたと、思っていた。それなのに、決してそんなことはなかったのだと、ただ現実から目を背けていただけなのだと思い知らされる。叩きつけられる悪意に、謂れのない怒りと嘲りに、この場から……この世界の全てから、逃げ出してしまいたくなって。
その時、だった。
「大丈夫」
そっとシドの声が耳元で囁いて、労るような指先が優しく私の手を包んだ。いつの間にか冷え切り強張っていた手が、ひだまりの熱を残した指先に感覚を取り戻す。
「……下がってて。その顔、なんとかして」
私の横を通り過ぎながら、ボソリと落とされた声にハッとして顔をあげる。気付けば目の前にシエロがいて、私を傷付ける全てから護るみたいに、凛と背を伸ばして立っていた。その背中に、釣られるようにして背筋を伸ばせば、少しだけ呼吸が楽になる。
「弁えるのは貴様の方だろうセルゲイ、いやセルギウス……貴様、バシュー子爵家の倅か。学院則に反し、あくまで貴族としての立場から物を言うならば、こちらも相応の態度を取るぞ」
かつて私にトゲのある言葉を放っていた時、本当の意味でシエロは怒っていなかったのだと悟る。その声は、決して荒くも大きくも無かったのに、背筋が凍るような迫力をもって、相手の喉笛を切り裂くために発したのだと分かった。
セルギウスさんは、シエロの言葉に顔を引きつらせながらも、自分の優位は揺るぎないと言わんばかりに胸を張って応えた。
「これはこれは殿下、ご機嫌麗しゅう。如何に貴方様と言えど、魔法使いの誇りを賭けた決闘に口出しなさるなどの無粋な真似は許されますまい」
私を相手にしていた時とは打って変わって丁寧な口調で、それでも明らかに取って付けたような礼を取って見せるセルギウスさんを、シエロは虫けら以下の存在を見るような瞳で見下した。
「弁えろ、と言ったはずだが?」
ただ、一言。それだけで、今度こそ完全に気圧された相手に、場の空気を支配したシエロが一歩進み出る。私よりほんの少し高いだけのはずなのに、その背中はとても大きく見えた。辺りを睥睨するような冷たい空色の瞳は、幼さを残しながらも支配者の風格を漂わせていて、やっぱり『そう』なんだなと納得させられる。




