03 勝利への渇望 ⑫
*
「……っと……ちょっと!お前達、いい加減に起きなよねぇ?」
怒ったような声で、それでも揺り起こす手はどこまでも不器用で優しくて。ゆるりと眠りの淵から目を覚ますと、想定していたのとは違う顔が目の前にあった。
「あれ、シド……?」
「ん……」
異国の香りを感じさせる褐色の肌に、鳶色と黒の入り交じったような色の髪。好き勝手に跳ねる髪の隙間から覗く目が、そろそろと眠たそうに開かれて、どこか作り物めいた黒の瞳に不思議な虹色の光が瞬く。
「……おはよう?」
「ん……おはよう、リア」
私やシエロよりずっと大人びた横顔が、フワリと欠伸をしながら応える。シドは私と同じ魔法科棟の学院生で、元々この森を寝床にしていた男の子だ。自分しか居ないと思っていたところを、ある日突然私と兄さんが寝転んでいたからとても驚いたらしい。ただ、害はなさそうだからと、そのまま隣にゴロリと横になって、目が覚めた私を心の臓が止まりそうなくらいに驚かせることになるんだけど……今となってはシドらしい、と思う。
シドとは学院内ではあまり会うことがないし、お互いにあまり干渉し合うこともなくてポツポツと会話を交わすか、ただ並んで寝転ぶだけの昼寝仲間だけれど、その距離感がとても心地良かった。なんて言うか、シドは人間だけど……私が人間に対して反射的に抱きがちな警戒心、みたいなものをあまり感じさせない。他の動物達も、彼のことを自然体で受け入れていて、私達はちょっとずつ似ているのかもしれないとも思う。
「ちょっと、何そっちで呑気に挨拶し合ってるの。起こしたのは僕なんだけど?」
「うん……?おはよう、シエロ」
「だから、そうじゃなくって……はぁ」
寝ぼけ眼をこすって見上げれば、空色の瞳が見慣れた呆れを浮かべて私を見つめ返した。実は立場的に『弟弟子』に当たるらしい、と言い聞かされても良く分からない関係性にあるシエロには、つい先日『その下手くそな言葉遣い、僕にはしなくて良いから。年齢だって、そんなに離れてないんだし……逆に不愉快』と言われてから、いきなり会話が増えた気がする。
「例の決闘。今日だったんじゃないの?ぐうすか寝こけてて、不戦敗食らっても良いなら、どうぞお好きに」
「あ……もう、そんな時間?起こしてくれて、ありがとう」
素直にお礼を告げると、何か言いた気な複雑な表情と共に、溜め息が一つ。
「なんで、それだけの人数……っていうか、ほとんどが動物だけど。お前のオオカミ兄さん?か、ワタリガラスにでも起こして貰えば良いでしょ」
「兄さん達は、あんまり時間の概念に囚われないで生きてるから」
私の言葉に、シエロは目を白黒させた後で、諦めたような表情を浮かべた。そうして、そう言えばと気付いたように、鋭い視線で顎をしゃくってシドを指す。
「で、そろそろ説明して欲しいんだけど」
「うん?」
「どうして、そこのいけ好かない男と並んで昼寝なんてしてるワケ」
ビシリ、と。
シエロはシドに指を突きつけると、敵愾心をむき出しにしたような表情を浮かべた。シエロはいつも、どんな嫌いな相手に対しても笑顔で遠回しに毒を吐く人だから、こんな風に分かりやすく態度を変えるのは珍しいなと思う。まだシエロのことを、何でも知ってる訳じゃないけど、シドが『特別』なんだってことくらいは分かるようになってきた。
「シドは、昼寝仲間だよ?」
「あのねぇ、そこらへんの小動物とは話が違うの。大して仲良くもない男と、二人きりで寝るもんじゃないでしょ。もう少し、危機感持てって話」
私は多分シドより強いし、そもそもシドが私に対して危害を加えてきたことはない。どうして危機感を持たないといけないんだろう、と首を捻りながらもう一つ、ふと気になったことを振り返ってシドに訊く。
「シド、私と仲良し?」
「ああ」
躊躇なく頷いてくれたシドに、胸の奥があったかくなるのを感じる。
「じゃあ、だいじょぶ」
覚えたての仕草で……グッと親指を立てて見せると、シエロは頭痛を堪えるような表情になって、その後すぐに眉を吊り上げて怒り始めた。
「年頃の男女が、不潔だって言ってんの!あんまり下世話な話させないでくれる?」
「私……クサい?」
普段、兄さんと一緒になって野山を転げ回ってるし、最近はご無沙汰だけど狩りの匂いだって染み付いてるのかもしれない。
「そっちじゃないっ……いや、やっぱりお前は知らなくていい。ああ、もう……普段は年不相応に頭切れるクセして、なんで普段はこうもポンコツなんだよ。おい、シドニア!くれぐれも、ウチの研究生に手を出すなんて馬鹿な真似はしないでよね」
「……ぅん?……あぁ」
「明らかに寝てただろう、お前っ」
疲れ果てたように息を吐き出して、グッタリと座り込むシエロを余所に、いつの間にか目を覚ましていたらしい兄さんが私に呼びかけた。
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