03 勝利への渇望 ⑪
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「無階層のクズめ、どうやってマスター・リカルドに取り入ったっ!」
マスターの部屋を出て、ほんの数段だけ塔を降りたところで、そう呼びかけられた。既に無階層ではなくなっていたけれど、つい数刻前までそうだったのは学院内で私だけだったので、またもや嫌な予感がしながらも仕方なく立ち止まる。
私を呼び止めたのは短い金髪の男の人で、シエロよりも少し年上だとは思うのだけれど、シエロの方が大人っぽいように感じて不思議に思う。顔も指先も寒そうに青ざめていて、この陽が射さず人気のない塔の階段でずっと待っていたんだろうかと、その根性に感心すると共に少し彼の体調が心配になる。
「おい、俺の話を聞いているのか!高貴なエルディネ子爵家……つまりは貴族であるこの俺が、わざわざ平民の貴様に聞いてやっているんだぞ!」
ぼんやりと全く関係のないことを考えていた私に、苛立ったような怒声が飛んで来ても、マスター・リカルドのような迫力のある恐ろしさを全身に浴びた後で、疲れ切った頭には中身が浸透してこない。
「……学院則では、学院の外での身分や権威を振りかざしてはならない、とあったんですけど大丈夫なんですか?」
どこまで学院側が、そうした規則違反を取り締まっているのかは分からないけれど、私が第二階層の最後の指示に辿り着いたことも門番さんが即座に把握していたところを見ると、あまり楽観的に考えてもいられないと思う。純粋に彼のことを心配して質問したのだけれど、それがお気に召さなかったのか彼は怒りの形相で更に声を荒げた。
「そんなもの、あくまで建前に決まっているだろう!頭が高いぞ、平民めっ……そもそも、学院の中でさえ貴様は最底辺の無階層!俺は遥か高みの第五階位にいるのだから、伏して敬うべきだろうがっ!」
「その……私、もう第二階位です。あとそれも多分、学院則というか誓約違反スレスレじゃないでしょうか?あの『位階制度を権力の象徴として扱ってはならない』って言う」
「なっ……」
私の言葉に、青白かった顔をすっかり赤くした貴族の人は、目を見開いて私の顔とつい今しがた赤く染まった、第二階位を示すピンとを穴が開くほど見比べた。
「まさか……では、マスター・リカルドが試験官を?いや、つい昨日まで無階層であった奴が、いきなり第二階位になぞ上がれるはずもない。何か不正があったのに違いあるまい……やはりそうか、薄汚い平民めっ!俺など、研究生にして頂こうと熱心にお伺いを立てたのに、門前払いを喰らったのだぞ?そうだ、この俺を認めて下さらなかったマスター・リカルドに、平民であり愚才である貴様が認められるはずもない!」
「え……」
どうしてそうなるんだろう、と目を瞬かせるも、私が口を挟む間もなく話は進んで行ってしまう。
「この学院の誇りある学徒として、貴様の不正を見過ごすことは出来ない。貴様に決闘を申し込む!生意気なガキめ……その性根、叩き直してくれるわ!」
「でも、私闘も学院則では」
「だぁあああっ!規則規則喧しいっ、これだから規則を作るのではなく従う側の平民は!自分では規則の抜け穴を血眼になって探しておきながら、他人の揚げ足は規則によってでしか取る能がない……良いだろう、そこまで言うなら公衆の面前でお前を捻り潰してやろう。そうだな、我が師に頼んで第三階位の試練の代わりとすれば、貴様もやすやすとは逃げられまい。首を洗って待っておけ!」
「ちょっ……え?」
それが、位階制度の存在を知ったその日に第二階位を手にし、更には半年足踏みする必要があった第三階位の試練への挑戦権を、奇しくも手に入れてしまった顛末だった。
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