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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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03 勝利への渇望 ③





 夢を、見た。シエロが何かを呟いていて……たぶん、私を怒っていて。



 でもその声は、いつもどこか優しい。最初のうちは、本当にトゲトゲしていたのかもしれないけど、最近はそんなことはなくて。


 森にいた時、エルが守ってくれていた時、私はあまり誰かから怒られたことがなかった。それは、森の中で生きる限り必要なことは守れていたから、なんだと思う。フィニアス師やシエロが私を叱るのは、人間の中で生きる限り必要なことを守れていないから。


 ただ、私が『ありがとう』と言うと、決まってシエロは不機嫌そうに口を閉じてしまう。きっとそれも、言うべき言葉として間違っているのかもしれない。色々と難しいな、と思いながら夢の中でもシエロに怒られている。


「お前って、ホンっト非常識……後先考えずに出て行ったと思ったら、その日のうちに第一階位(プロト)すっ飛ばして第二階位(ゼクス)のピン挿して帰って来るし」


 ふと、シエロの声がはっきりと聞こえて顔をあげる。


 雪解け水みたいな透明さで、どこか冷たい印象を与える青の瞳。それとは裏腹に春の青空みたいに柔らかい色合いの髪が、さらさらと零れて視線を奪う。髪の色を見てから瞳を覗けば、冷たさで隠した優しさが見える気がして。


「ちょっと、話聞いてる?」


 ぼんやりと見つめる私に、不機嫌な質問が落とされる。ここでようやく、これが夢ではなく記憶であることに気付く。つい昨日、シエロにかけられた言葉だった。


「でも、図書館のあちこちに散らばった指示に従えばいいだけ、でしたよね?第一階位よりも簡単で、おかしいなとは思いました……けど」





 魔法科棟の地下に広がる広大な魔法魔術学院附属図書館には、至るところに独特な魔力を放つ宝石が装飾として埋め込まれていて、そこには相変わらず詩のような言葉で分かりにくいものの『学院のどこに行き何をせよ』と言ったことが順番に記されていた。


《……本当に、ここに水を注ぐだけでいいの?むしろ、勝手に彫刻を水浸しにしていいの?》


 最後の指示であった『西端の廊下に佇む乙女の(かわ)きを癒せ、さすれば道は開かれん』との言葉に従い、魔法科棟の中でも何もない一画であり、人の近付かない西の廊下にやって来た私は、あまりに安直な回答に戸惑いを覚えて立ち尽くしていた。問題の『乙女』は、壁から張り出すように彫り出された彫刻で、その手に水瓶(みずがめ)を持っていたのである。


《……ヤルだケならバ、タダだロウ。間違イならバ、水ヲ消シてしまエバ良イ》

《まあ、そうだよね》


 私は開き直って、小さく息を吸い込んだ。


《ユリート・イドラ》


 これまでに何度唱えたか分からない言葉を呟くと、水瓶の底から湧き上がるように水が呼び起こされた。水瓶が満ち満ちて、これは失敗だったかもしれない、と思い始めた瞬間だった。




 ちゃぷり、と。

 目の前の石像が、そんな水音を立てて水瓶を揺らす。まさかと思いながら見上げれば、命を持たないはずである石造(いしづく)りの乙女が小さく微笑(ほほえ)んで、道を示すように指先を掲げた。しゅるりとリボンが解けていくように、壁に張り巡らされた蔓草模様の彫刻がうごめき、気付いた時には人一人が通れる程の小路(こみち)が壁に空いていた。


 その道を通って、どうやらこの階層の目的地であるらしい、狭いながらも荘厳な彫刻と神秘的な魔法の炎で彩られた、秘密の小部屋らしき場所に到着してしまった時には、ナジークと顔を見合わせて第一階位の苦労は何だったんだろうと思ったのであって。





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