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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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03 勝利への渇望 ①

03 勝利への渇望



 時と叡智を天秤に掛け、探し求めよ――沈黙に全ては宿る。



 *



 息を潜めて、気配を殺して。


 それだけでは足りなくて、森へと存在を溶け込ませていく。深過ぎず浅過ぎず、木々の葉擦(はず)れのように、飛び立つ羽音のように、滑り落ちる雫のように。森は気配と音と色彩で満ちていて、そこに僅かな空白が生まれるだけで、森に生きる者なら不自然を感じ取ってしまうから。


 風は、こちらが支配している。森の中を駆けていくものなら、どんな僅かな気配でも感じてる……今日こそ、狩るのは私の番だ。


 木の枝から枝へ、ふわりと飛び移りながら、少しずつ標的へと近付いて行く。気付かれないように、私の「牙」が届く距離まで粘って。


(ここだ――)


 背を向けた無防備な首筋に、勝利を確信して飛び降りた瞬間だった。




「グルルルッ!」

「っ……!」


 不意打ちを仕掛けたはずが完全に察知されていたのか、唸り声と共に銀色の鉤爪がひらめく。空中で無理やり身を(よじ)った鼻先を、凶悪な一振りがかすめて行き、私は息を呑む間もなく飛び退(すさ)った。


 そのまま影が追いかけて来ることはなく、ひらりとあちらも身を(ひるがえ)して、私達は睨み合った。仕切り直し……とは言え、体力も筋力も劣る私では、時間をかける分だけ不利になって行くのは目に見えていた。


(それなら、こちらから仕掛ける!)


 覚悟を決めて、相手の(ふところ)に飛び込むべく地を蹴ると、それさえも織り込み済みだったのか、気付いた時にはその巨体が眼前まで迫っていた。


 マズい、と思う間もなく、身体は反射的に受け身の姿勢を取っていた。そのまま相手は私を押し潰す――なんてことはなく、抱え込むようにして地面をゴロンゴロンと転がった。ぐるぐると視界が回転する中で、私とロロ兄さんは正しく獣らしい吠え声をあげながら、それはもうはしゃぎ回った。




「キュゥウウン」

「アッフッ」


 取っ組み合いに疲れて、ダランと力を抜いて腹を見せながら甘い声を出すと、兄さんは『分かっている』とでも言うように鼻面で軽く私をつついた。


 おひさまで暖められた草地の上に、並んでドサリと横たわれば、高みの見物を決め込んでいたナジークがバサバサと飛んできて「クァアアァ……」と呆れたような声で鳴く。


《あー楽しかった!》

《兄弟と『じゃれ合う』など、久しく無かったからな。新鮮だった……大きくなったな、リア》


 なんだかオロケウみたいな事を言う兄さんがおかしくて、クスクス笑いながらまた地面を転がる。吹き抜けて行く風が、火照(ほて)った身体に心地いい。


《良クぞまァ、食後デそレダけ元気だナ……》


 べしゃりと私の頭の上にやる気なく止まったナジークに、今度は私が呆れて返す。


《むしろ、ご飯食べたからだよ。ナジークって、時々おじいちゃんみたいだよね》


 実際、人間で考えたらおじいちゃんくらいの歳なのかもしれない、なんて相変わらず謎めいたところのあるワタリガラスの事を考える。いつも飄々(ひょうひょう)として私達を導いてくれる彼は、大抵がカラスにあるまじき『ものぐさ』で、野生にあるまじき美食家で。こちらの言葉を理解して、魔法魔術に通じている節すらあるのに、時折とんでもなく子供っぽい。




(なんか、フィニアス師とかシエロとは、また違った方向性の気難しさだよね……)


 そんな事を思いながら、それでもすっかり旅の仲間、と言うより家族の一員になり始めているナジークの存在が、私達にとってどれだけ大きいものなのかを実感する。


 頭の上に手を伸ばして、ゆるゆると彼の翼を撫でれば、親愛を示すみたいに指先を甘噛みされる。それが少しだけくすぐったくて、昼下がりの太陽にまどろんで。それだけの事がどうしようもなく幸せで、こんな風に過ごす時間に、どれだけ飢えていたのかを思い知らされる。少し前まで、こんな午後の過ごし方が当たり前だったのに。


《疲れてはいないか。確か今日は、予定があったはずだろう》

《ううん、大丈夫。むしろ、少し動いておいた方がいいだろうなと思って。付き合ってくれて、ありがとう》


 鼻面をこすり合わせると、ごく近い距離で心配そうな琥珀色(こはくいろ)の視線が絡む。その瞳が言いたいことを読み取ってしまった私は、なんだか泣きそうに心が震えるのを感じた。






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