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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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02 紐解く七色の導 ②

 ここ学院都市イゾルデでは、ワタリガラスが知を(つかさど)る生き物として大切にされていて、他の動物とは別格の扱いを受けている。本当に、ナジークがワタリガラスで良かったと、これまで何度となく思ったことを考えながら口を開く。


《ありがとうね、ナジーク》


 私が心の底からそう呟くと、ナジークは機嫌が良さそうにゴロゴロと喉を鳴らして天を仰いだ。見上げれば、大樹が腕を伸ばし枝々が折り重なっているみたく無秩序に見えて、実は幾何学(きかがく)模様がレース編みのように天井から窓へと彫り込まれる形で降りてくる。その隙間からこぼれる計算し尽くされた太陽の光に、ここはこんなにも美しい場所だったんだと今更のように気付く。気付けて良かったと、本当に思う。


『まだ居たのか、魔法科研究棟の面汚(つらよご)しめ』

『あれだけ図書室に通いながら、まだ気付かないとは』

『相変わらず目障りな事で。こちらから追い出す(すべ)を持たないのが、口惜しくてならない』


 ライ曰く、人よりずっと音に敏感な私の耳が、駆け抜けた廊下の後ろから追いかけてくる声の全てを捉える。それでも今日、私が傷付くことはない。それが単なる理不尽ではなくて、きちんと理由があるのだと知ったから。


(その根源を、刈り取る――!)


 シエロは、私に出来ることをするしかない、と言った。私に出来ること……この魔法科棟で立ち入ることを許されたのは、フィニアス師の研究室と、それから。


 ここまで駆けてきた足を止めて、深く息を吸い込む。これまで幾度となく、ただ絶望と諦めだけを持って開けてきた扉を、力をこめて開け放つ。




《ヤハり、コこカ》


 ナジークの、そんな溜め息混じりの声が頭の奥に響いて、私は苦笑を漏らす他になかった。




 魔法科附属図書館




 ここに手がかりがあると信じて、通い詰めていた時があった……もっともその時は、私の現状を推し進める鍵があるかなんてことは少しも考えてなくて、盲目にライの病気の手がかりを求めて手当り次第に本を漁って。


《ここに人がいない理由を、もう少し考えてみるべきだったって、今なら思うよ……》


 そう告げて、そっと息を吸い込む。森に足を踏み入れた瞬間のように押し寄せて来るのは、古びた紙とインクの入り混じった独特な匂い。天井は息苦しさを感じさせない程良い低さで、他の部屋や廊下に配された幾何学模様とは異なり、64もの区画に区切られた正方形の中を美しい祈りの言葉が埋めている。この学院にしては珍しく簡素な石壁は、この部屋の主役がそこに並べられた数多(あまた)の書であることを知らせて来る。


 磨き上げられたように(つや)めく木組みと、ささやかな彫刻で彩られた書棚にゆとりを持って配された魔導書は、いずれも一目で高価だと分かる上質な革で装丁されたコデックス。完全な正方形であるらしい部屋に、緩やかなアーチを描いて付けられた小さな窓の群れから、ささやかな光がこぼれて(ほの)かに書物も息づいているように錯覚させられる。


(実際、生きてるのかもしれないけど)


 そんなことを思いながら、腰に手を当てて部屋を見渡す。




《さて、どこから手をつけよっか……》


 今日も今日とて、不自然なほどに無人の図書室。ただ、ここに人がいないのは、魔法科棟の人達が怠けているからじゃなくて、必要が無いからだ。いつだって彼らは手に手に装飾写本を携えていて、その題は見たこともない文字で記されていた。そんな写本は、この図書室では見かけたこともないし、所属と貴賤(きせん)を問わずイゾルデの民全てに開放されている大図書館は勿論のこと、エルの部屋やフィニアス師の研究室でだって見たことない。


 大図書館は名前に恥じない蔵書量を誇っているけれど、少なくとも魔法・魔術に関して有用な本は一冊もなかった。そして、この魔法科附属図書館の蔵書は、正直に言ってエル私蔵の魔導書よりもずっと少なくて内容も薄い。でも、そんなこと有り得るはずはない……少なくとも、目に見えているものだけが全てだとすれば。




(多分、読めない魔導書の主題は認識阻害魔法……魔法契約か何かを結ばなければ、理解することも触れることも出来ない仕組み。そして肝心の魔導書は、きっと私に『見えない』場所にある……!)


 この学院都市には沢山の研究棟が立ち並んでいるけれど、秘匿すべき内容に反して魔法科棟は人の出入りに対して甘い所がある。それもきっと、単純に必要がないから。魔法使いにしか分からない方法で、大切なものだけ隠しておけばいい。


 私を……ううん、きっと『魔法科棟の所属ではない人間』を仕分けているのは、シエロも認めたように、あの『ピン』だ。イゾルデでは、身分や派閥(はばつ)を示すものを身に着けることが禁じられているのに、あのピンだけは別みたいで魔法科棟の誰もが着けている。




《魔法科棟に関係あることなんだから、ここしかない、よね……?》

《サスがニ……廊下中ヲ探し回レなどト言われレバ、お手上げダナ》


 ナジークがボソリと落とした可能性に、その苦労を想像して顔が引きつるのを感じた。魔法科棟は、異常に広く複雑な作りをしている。それこそ、目印も何もない森で育った私が、うっかりしてると迷子になってしまいそうなくらいに。何か平衡感覚をおかしくさせる魔法でもあるか、単純に設計者がとんでもないお馬鹿さんか意地悪だったか、理由があるのか。


 とにかく、今はここに何かがあると信じて探してみるしかない。この城館の中を駆けずり回るのは、それからでも遅くはない。そう思いながら、深呼吸をしてライに教わったことを思い出す。




火曜日の朝の週1回更新に変更させて頂きます


末永く宜しくお願いします

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