01 伸ばす手の先へ ⑦
(本当、恥じらいとかが無いワケ……?)
そう思って頭を抱えても、僕の胸あたりまでしか背丈のないコドモ相手に、ヘンに意識してると思われたくなくて何も言えず、ズルズルと今に至る。食事は食堂の炊き出しまで勝手に付いてくるし、なんだかんだでそうして寝食を共にすることになってるけど、彼女は僕の後をついてまわる以外にはずっと本のページを捲っていた。僕よりも早く起きて、夜はランプの灯りの下で、何かに追い立てられるように……ずっと。
(そうだ……真面目で必死なのは、僕が一番よく分かってる)
確かにアイツのことは気に喰わないけど、それを知りもしない人間に『努力してない』なんて言われたくはなかった。それでも、アイツを見てると思うことはある。マスター・フィニアスは、この魔法の基礎一つなっていないコドモに、何を見出したって言うんだろう。アイツにあって、僕にないものって何なんだ、とか。
『あぁ……くそ、余計なこと考えるなっ。それにしても、この短時間でどこまで行ったワケ、あんの野生児っ!』
このクソ広い魔法科棟で人一人探すなんてことが、どれだけ無謀なのかは百も承知だし、そもそも自分がどうしてこんなに必死になって探してるのかさえ分かってなかった。細い渡廊を抜けて大廊下に出ると、一気に人通りが増える。
『見ろ、あれがエルディネの……』
『ああ、気狂い……の弟君とか』
『師匠も師匠なら……』
『この神聖な学び舎で……もなく』
(……聞こえてるっつーの)
いや、本当に聞こえてるのか、それとも被害妄想なのか、断言できる自信はそろそろ無くなってきてる。ただ、この魔法科棟のほとんどの人間が、僕に対して『そういう』印象を抱いていることだけは確かだった。教室を支配していた悪意と嘲笑が耳に蘇り、更に気分が悪くなる。かつては、僕も『あの場所』にいた……笑う側ではなく、笑われる側に。
(別に、慣れてるから良いけど)
彼女はきっと、そうじゃないだろう。人の悪意なんて、触れたこともないようなフワフワとした顔で笑って、自分の存在を正面から否定されても自分の目的のために突き進んでる……今の所、やり方はことごとく間違ってるけど。
きっと、幸せに……愛されて育ったんだろう。それこそ、貴族どころか害を与えてくる人間なんていない、優しい箱庭で生まれたみたいな透明さが彼女にはあった。でも、僕にはそんな想像くらいが関の山だ。ただ幸せに育った人間が、まだマトモに物を考え始めたばかりみたいな年齢のコドモが、味方の誰もいない環境で努力し続けなきゃいけない理由なんてないはずで。
結局、僕はアイツのことを何も知らない。こんな時、アイツがどこに行くのかさえ。
(いや……一つだけ、あるか)
森だ。そう思い至れば、それ以外に無いような気がしてきた。初めて出会った時に見た、あの巨大な銀色の狼のことを思い出す。あの狼のことも、とっくの昔に噂になっていて、西の辺境で隊商の護衛とか北辺の砦の警衛に使われることがあるらしい、カリスウルフを伴に連れているのだともっぱらの噂だ。
ただ、本当のところはダイアウルフなんじゃないかと僕は睨んでいた。あれから気になって書物で調べてみたけど、あの大きさと毛並みの特徴に当てはまりそうなのは、それくらいしかなかった。そうだとすれば、確実に神話級の生ける伝説ではあるが。
(……ますます、アイツって何者なワケ)
深々と溜め息を吐き出しつつ、それでも森の端に向かって足を早める。アイツが……リアが何者だろうと、彼女が僕よりずっと年下のコドモであることに変わりはない。イゾルデが、年齢なんてもので人間を測らない『平等』な都市であるとしても、誰にも見つけてもらえない時の寒さと痛みを、僕は身をもって知っているから。
僕にはこんな時、絶対に心の支えになってくれる相手として兄上がいる……アイツには誰がいるのか、誰かいるのかさえ分からないけど。
(それでも、いまアイツを見つけてやれるのは、多分僕だけだ)
そう思い顔を挙げた矢先、僕はウッと息を呑んで立ち止まることになった。魔法科棟から見ていると大したことのないように見える森が、今こんなにも鬱蒼と深く立ちはだかっていた。
(いや、本当に広さそのものは大したことないし……っ、そうだ、魔力探知!)
森を流れる風を撫でるように、宙空へと手をかざす。記憶するまでもなく感覚に残っている、あの暖かく真白い魔力の欠片を探して。通り過ぎたばかりの魔力痕跡しか辿ることは出来ないが、一度糸口さえ掴んでしまえば二度と見失うことはない。僕がマスターに褒められた数少ない術の一つだ。
(……掴んだ)
か細い光の糸が指先に触れ、魔力のしるべが導くままに駆け出した。むせ返るような森の水と緑が血液をめぐり、僕を深く深く奥へと潜り込ませていく。どうして、だろう……どうしてこんなにも、懐かしく感じているのか。




