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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
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01 伸ばす手の先へ ②

 めったに人が訪れることのない部屋に、トントンと控えめなノックの音が響いたあの日、僕が扉を開かなかったなら何も変わらないままでいられたんだろうか?余計なことを何も考えずに、前だけを向いて。


『きれい……』


 扉を開けて向き合った僕達は、呼吸さえも忘れて見つめ合っていた。きっと、いつかどこかで出会ったはずだと記憶の欠片(かけら)を探して。それから、先にまばたきの仕方を思い出したのは彼女の方で、ホゥと息を吐いて落とされた言葉に、ギシリと全身が強張(こわば)るのを感じた。


『……は?』


 止めておけばいいのに、思わず聞き返していた。僕の視線よりもずっと低い場所にある森の緑が、痛いくらいの真っ直ぐさで僕を見上げて、どこか見覚えのある笑顔が咲いた。


(あね、うえ……?)


 咄嗟(とっさ)にそう思ってしまった自分が、自分で信じられなかった。顔の造形も、瞳も、声も……何一つ似ているようには見えないのに。


『雪解け水、みたい……空を映しこんで、きらきらしてる』

『っ……』


 ただの一つも曇りのない瞳がそう言ったから、だからこそ何もかもを見透かされて、心の一番大事な部分に爪痕をつけられたような気になって。


『あなたが、私の兄弟子様……ですか?』

『は……?』


 今度は、素で聞き返していた。想定外だったのか、想定内だったのか……それとも僕の表情が強烈だったのか、彼女は困ったような顔で笑って告げた。


『マスター・フィニアスの弟子になった、リアです。彼から、弟子を名乗る人物を頼るように?って、良く分からないことを、言われて……』


(……言葉通りの意味だし)


 今思えば、マスター・フィニアスから適当に放り出されて本当に困っていたんだろうけど、僕の印象と機嫌は一気に最悪の所まで落ち込んだ。僕の返事を律儀(りちぎ)に待っているコドモの姿に、ここは待ってれば返事が帰って来るようなお優しい所じゃないんだ、とか大人気なく怒鳴りつけたくもなったけど、怒鳴るだけ体力と気力のムダだと考え直す。


『まあ、お前が探してるのは僕のことかもね。マスター・フィニアスの弟子……って名乗ってるし、周囲はそう思ってる。少なくとも、この研究室を使える程度には』


 それを聞くと、彼女は安心したように顔をほころばせて身を乗り出した。


『よろしくお願いしますっ!』

『僕は、お前とよろしくしない』


 ピシャリと叩きつけるようにして告げると、(よこ)(つら)を張られたような顔で目を見開く。今まで、誰かに拒絶されたこともなかったのかもしれない。それくらい、傷付いたような顔をしてたから、ちょっとだけ湧いた罪悪感を苦い喜びで忘れてしまう。


(……おめでたいヤツ)


 これなら別に、僕が何かしなくたって、すぐに尻尾を巻いて帰るに違いない。この様子だと、僕のことだって何も知らずにノコノコ来たんだろうし、僕がこれだけ苛立ってる理由も理解してないはずだ。


(あの人が弟子を取る、とか)


 そんなこと、考えもしなかった。今まで僕の自尊心を支えて来たのは『マスター・フィニアスは弟子を取らない』と言う、ただ一点に尽きていた。彼は弟子を取らない、だから僕がどれだけ頼み込んでも、どれだけ優秀になっても正式な弟子にしてもらえないのは仕方がない、なんて。


 でも、そんなのはタダの思い込みで、それこそ願望でしかなかったのだと、今この瞬間に思い知らされていた。彼女の髪に無造作に飾られた涙鈴蘭(なみだすずらん)……そこから漏れ出す、見ているだけで酔いそうなくらいの強い魔力の『匂い』は、紛れもなくマスター・フィニアスの物だった。


 パッと見……いや、どれだけ解析しても全容が分からないような、複雑で美しい守護魔法を惜しげもなく与えて、これまで絶対に弟子だと認めなかった僕を頼らせてまで守ろうとする程度には、このリアとか言ったコドモを大切にしてるってこと。何もかもが、僕には与えられず、許されなかったものだ。


『その、入ってもいいですか?』


 無言で背を向けた僕に、おずおずとした声が投げかけられる。


『好きに使えば。僕と違って、正式な弟子なんでしょ』


 トゲを含んだ僕の声に、戸惑いながらも足を踏み入れる気配がして、無意識に呼吸を止めてしまう。しばらく待っても何も起こらないことを確認して、少し驚いて振り返る。この研究室には、かなりの実力を持った魔法使いでなければ魔力酔いする程に、あれこれと危険なものや魔導書がギッシリと詰められている。見た所、顔色を悪くするどころか目を輝かせて研究室を見渡してるし、相当な魔力量があると見ていいだろう。


(……こんな年頃で、魔術の才能がある女なんて貴族にいたっけ)


 特に言葉の(なま)りもないからエルディネ出身だとは思うけど、少なくとも記憶の限りではエルディネ王国にそんなコドモはいない。いれば、間違いなく噂になって祀り上げられているはずだし、貴族連中は魔導の血を保つために文字通り血道(ちみち)を上げている。誰も知らない魔法の才能なんて……奇跡的に捕まっていない『精霊の拾い子』でもなければ有り得ない。そんなもの、それこそ天文学的な生存率だと思うけど。




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