00 序 ⑤
短く応えながらも、ギルフォード公はフィニアスから一瞬で湧き出る『性格の悪い』策略に内心舌を巻いていた。恐らく追って伝えられる詳細とやらで、ゼクトは二度とエルディネにまつわるものに手を出したくないと涙目になるだろう事も確信して。
「ライナス、到着したばかりで苦労を掛けるが、そのままクラリスへの潜入を任せたい。表向きの協力要請はギルフォード公が請け負うのであれば、実際のゼクト・クラリス中枢部の動きを即時に伝える役割が必要となる。それだけで二、三日程は先手を打てるだろう」
「御心のままに」
疑問や不満を差し挟む事もなく、従順に頭を垂れた国王の『影』に、ふとフィニアスが思い付いたような調子で告げた。
「それであれば、ゼクトとクラリスの問題が片付いた暁には、ライナス殿を少々お借りしても構いませんか。先程の話に出ていた、もう一方の峡谷の方を『ちょっと』行って見て来ようと思っておりまして。そのまま潜入が必要な状況にならないとも限りませんし」
それは決して『ちょっと』などではない、と誰もが思ったが、口に出す事は出来なかった。
「ライナス、構わないか」
「承りました……やれやれ、そちらの仕事の方が大変そうですね」
皮肉そうな表情で肩を竦めるライナスに、フィニアスは面白そうに片眉を上げて返した。
「おやおや、君が最初に言い出した事ですし……三度の飯より『仕事』がお好きでしょう?命懸けであれば、尚更」
「玉命ですからね。給料分は、仕事致しますよ……貴殿のようにね」
仲が良いのか悪いのか分からない軽口の叩き合いで、漸く部屋の空気が少しばかり弛緩したと、一同が息を吐き出した瞬間だった。
「……塔の魔法使いには、協力を命じずとも良いのか」
ブラッドフォード公が落とした言葉で、確かに部屋の空気は凍りついた。だからこそ敢えて誰も触れずにいたものを、と苦々しく思いつつギルフォード公が窘める。
「公よ、大災厄をお忘れか」
「忘れるものか、そこまで耄碌してはおらんわ!しかし……あれからもう、七年、八年経つか。かの魔法使いは何一つ問題を起こしてはいないし、聞けば未だにエルディネ王室に忠誠を誓っているようではないか。貴殿の弟君の話であろう、何か聞いてはいないのか」
「あれは、私の弟ではない」
過度に熱くも冷たくもなく、ただ淡々と、それでいて有無を言わせないギルフォード公の言葉に、さしものブラッドフォード公も黙らざるを得なかった。
「……安置された火薬樽が暴発しない事と、それを使い熟せるかどうかは、全く別の話だ」
ディートハルト将軍が重々しく呟いた言葉に、黙って怒りを燻ぶらせていたフィニアスは、吐き捨てるように告げた。
「アレがそうなったのは、あなた方の自業自得でしょうに」
その、どこまでも温度を感じさせない声に、一同は口を閉じて無意識に身を震わせた。塔の上の魔法使いが、フィニアスの溺愛する弟弟子であり、虎の尾である事を誰もが良く理解していた。
「アレは私が監督責任を負っています。本人の意志が無ければ、無理にあの塔から出す気も、ましてや戦わせる気もありません。まだ『その時』ではないと、私が、判断しているからです。それでもアレは、メスティア渓谷とルーベン辺境伯領を律儀に守っておりますし、実際に大きな被害も出しておりません。何か、問題でも?」
明らかに喧嘩腰のフィニアスに、王は溜め息を吐きそうになるのを堪えながら、この場を収めるべく口を開いた。
「余は、確かにそう報告を受けており、認めている。フィニアス、これまで通り貴殿に任せる。ブラッドフォード公も、それで良いか」
「……御意に」
納得の行かない表情を浮かべながらも引き下がったブラッドフォード公に、一同はそっと胸を撫で下ろした。この中で、真相の殆どを把握していないのは、ブラッドフォード公だけであったからであり、それが時としてこのような一触即発の事態に繋がっていた。
「何度も申し上げている通り、アレを安直な防衛・攻撃の道具として捉える事は、お勧め致しません。ナサニエル・ギルフォードは、我々にとって……いえ、この世界にとって諸刃の剣です。その事を、努々お忘れなく」
過去の過ちと、残された負の遺産。それだけでは説明の出来ない、ひとつの物語が、そこにはある。
誰もが、嘘を吐いている。そして誰もが、真実の全てを知らない。
記憶の底に痛みと後悔を抱え、真実の欠片を押し込めて。
また今日も、夜が明けようとしている。
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