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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第3章―真実の書― 学院都市篇
111/277

00 序 ③

「……まあ、給料分程度の仕事は致しますよ。そう言う『契約』ですからね。いずれにせよ、スプリガルに抗する確実な手段を有していない事、またレストニア帝国内部の情報がほぼ皆無である事を考えれば、開戦すれば確実に敗北するでしょう。機を見て、もう一方の侵入経路である獣道を偵察に行きたいとは考えておりますが、私が長く王都を空けるのは少々考えものですし……ね?」


 その白々しい言葉に、誰もが『良く言う……』と心の中で呟いた瞬間だった。


「それなら、その面白そうな役目は僕が請け負いますよ」


 その任務内容と、この場に対して、あまりにも似つかわしくない軽さで声が響く。


「……愚息が」


 溜め息混じりに落とされた声は、ブラッドフォード公のものであり。


「ライナス・ブラッドフォード、只今帰参(つかまつ)りました。旅の埃も落とさぬ姿でのお目通り、危急の事態に(かんが)みどうか御寛恕(ごかんじょ)頂きたく」

「良い、許す。ブラッドフォード伯、報告を」


 性急な王の言葉に、ライナスはやんわりと微笑んで頷いた。


「御意。ゼクトの襲撃先が、確定しました。クラリスです」


 その言葉に、緊張と弛緩が一時に走る。誰もが相変わらず唐突な男の登場には動揺させられたが、男が口にした国の名に意外性は無かった。そして、ライナス・ブラッドフォードと言う男は、(ほとん)どの報告が人々にとって寝耳に水なものであっても、王から『確かな情報なのか』などと反問された事は一度も無かった。


 筆頭貴族であるブラッドフォードの長男にして、嫡子にあらず。屋敷の片隅でその短い生涯を終えるはずが、王からその有能さを惜しまれ手許(てもと)に飼われる異質な存在。貴族の子息などと(にわか)には信じ難いタフさで闇に独り身を置き、敵国への潜入・情報収集・暗殺・破壊工作などと口には出せない汚れ仕事を請け負う。諜報部にさえ属さず、ただ王のみに仕える男。


「そうか。ご苦労だった」

「身に余るお言葉」


 王が絶対の信頼を置く男がもたらした情報に、一同は疑念すら呈さずに次の一手へと思考を巡らせる。ゼクトの標的がエルディネでない事は判明したものの、事態はそれ以上に厄介なものであった。


 アドラ山脈以南の国々は、大小を問わず対レストニア戦線として同盟を結んではいるが、互いに侵犯をしてはならないとは定められていない。つまりは、大国が小国を吸収しようと、他国に戦を仕掛けようと同盟の約定に触れる事はなく、中立国であるイスカーンに手を出さない限りは、周辺国家から制裁を受ける事もない。


 しかしながら、ゼクトが今回の標的にしているクラリスは、表立っての友好国ではないものの、ゼクトの侵攻を看過出来ない理由は山のようにあった。


「皆様ご存じの通り、クラリスは小国ではあるものの、毛織物・綿織物共に大陸最大の産出国……それが失われると言う事は、同時に我が国が生産する羊毛と綿花の輸出先が大きく削られる、と言う事でもあります。ゼクトがクラリスを滅ぼさず、そのまま吸収したとすれば、これまで財政面で不安定であったゼクトに大きな力を与えてしまう事にもなり得る」


 微笑みを消して告げたライナスの言葉を、父であるブラッドフォード公が引き継ぐ。


「更に言えば、二代前の付き合いではあるが、クラリスとエルディネの間には姻戚関係がある。クラリスが危機の時に、ゼクトに匹敵する数少ない大国である我が国が静観を決め込めば、周辺諸国もまた我々に背を向ける。レストニアとの間にいつ戦が勃発するか分からない状況である今、それは明らかに得策ではない」


 肩を怒らせ、今にもゼクトへと乗り込んで行きそうな気迫で告げるブラッドフォード公に、落ち着き払ったフィニアスが慣れた様子で釘を刺す。


「しかし、表立っての友好国ではない我々が『クラリスが攻められそうだから』と言う理由で、クラリスに兵を置く事は周辺諸国の視線を考えるのであれば、最大の悪手(あくしゅ)です。付け加えるのであれば、()わば商業国家であるエルディネにとって、決して無視出来ない規模の輸出先であるゼクトを叩き潰し吸収する事も、また悪手。どのみち領土が無駄に広いだけで、戦闘遊牧民族が仮の宿としている不毛の土地ですから、攻め込んでも我々に旨味はありません」


「それでは、あちらが動かない限りは……否、我が国に助けを求めて来ない限りは、こちらから動く事は出来ない、か。陸路にせよ海路にせよ、クラリスまでの距離を考えれば手痛い時間差が必然となる」


 険しい表情で結論した王に、フィニアスは小さく微笑んで言葉を返した。


「なにも、戦を仕掛けてはならないからと言って、自国の国境に兵を置いてはならないと言う事にはなりませんよ、陛下。それだけで優に数日は稼げるでしょう……(もっと)も、そちらにかまけていて、肝心のレストニアに我が国が乗っ取られていては元も子も有りませんが」


「……やはり、こちらの情報は帝国側に漏れていると考えるべきだろう。時機の重なりを考えるに、少なくともゼクトの中枢部には帝国の間者が紛れ込んでいる。恐らくは、我が国にも。我々にとっての救いは、現状では帝国が本格的に攻めてくる様子が見受けられない点、だろうか。()(たび)の一件は、これまでの襲撃に比して王都に近いが故に焦らされたが、冷静に被害状況を分析すれば……奴らはまだ『遊んでいる』段階だと、言わざるを得ない」




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