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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
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03 病める時も健やかなる時も ④

「治癒は基本的に不可能とされているが、普通の薬で太刀打ち出来ない理由は感染源であるディプルが魔力を有していることにある。自然治癒の確率は限りなく低いが、魔法薬ならば問題なく対処可能だ。材料はある……ここで調合しても?」

「そんなもん、いまさら構わないよ」


「助かる……大人には発症しにくいが、子供は容易に感染・発症する。後ほど感染防止の薬を調合してこの部屋も殺菌・消毒するが、それまではなるべく子供達をこの部屋に近付けたり、あなた自身も子供達に触れない方が良いだろう」


 こういう事に関しちゃ、魔法使い先生の言う事を聞いておくのが一番だと分かっているから大人しく頷いておく。こればっかりは、夜更けで良かったと思う。昼間にあの元気な悪ガキどもを大人しくさせておくなんて、どんな最強の魔法使いにも無理な話に違いない。


「さ、早いこと材料だの何だのを取って来ちまいなよ。アンタが目を離してる間の看病くらいは面倒みるよ。いくら治せるからって、こんなちっさい子にヒドい熱を我慢させとくのも可哀想だろうし」


 私の言葉にハッと我に返るような表情を見せた男は、どうしてか険しい顔で目を伏せた。


「ありがとう、マダム」


 それだけを告げて、夜の闇の中へと駆け出して行っちまった背中を見送って、私は思わずボヤいていた。


「……マダムってツラじゃないだろうよ」


 全く、あの魔法使い先生は育ちが良いのか何なのか、気持ち悪いくらいに礼儀正しい時がある。まあ、それはともかく今は目の前のリアを、少しでも楽にしてやるのが私の仕事だ。


「リア、聞こえてるかい。もうすぐアンタの父さんが助けてくれっからね」


 聞こえているのかいないのかは分からなくても、こういう時はとにかく声をかけてみるしかない。


「母さん?」


 ハッとして振り返ると、私の子供の中で一番に大人びている顔(年齢が一番上ってワケじゃないがね)が寝室のドアの隙間から恐る恐る覗いていた。まだ他の子じゃなくて良かったと、細く息を吐き出しながら声を潜めて話しかける。


「ユーリカかい。こっちの部屋には入っちゃいけないよ、タチの悪い流行り病だとさ」

「うん、聞いていたよ。何か僕に出来ることは?」


 こういう所は、本当に話が早くて助かるのがユーリカだ。親バカを抜きにして本当に、私とあのしょうもない親父から生まれて来たのかって、不思議に思うくらいに良い子だし。


「こんな夜更けに悪いけど、井戸まで走って水を()んどきてくれ」

「分かった」


 ユーリカはテーブルの上に横たわり、苦しそうに息を吐き出しているリアを痛々しそうな表情でじっと見つめてから、パッと私の差し出した桶を受け取って水を汲みに行った。じっとしていられない何かしてやりたいっていう、あの子の気持ちは良く分かる……特に、病気で苦しんでいる子供なら、なおさら。


 本当に全力で走ったのかすぐに戻って来たユーリカから桶を受け取って、薄く開いたリアの口元に何滴か水を垂らす。凄まじい熱で喉はカラカラに乾いているのか、意識は遠いものの水を飲みこもうとする姿に、強い子だと髪を撫でる。


 どれだけ上質な素材を使っているのか、やけに手触りのいい柔らかな布製の服を手早く脱がせて、ひんやりとした井戸水に浸した布で玉のような汗が浮いた身体を拭いてやる。もう二枚布を冷たい水に浸して、頭と首元に置いてやると、気休め程度には呼吸が落ち着いたような気がする。


 本当にこれくらいしかしてやれない自分が不甲斐ないというか、こればっかりはどうしようもないねぇ、と思いながら小さな頭を撫で続ける。


「その子、助かる?」


 律儀に言いつけを守って、こちらの部屋には入らずに寝室の扉の前で待っていたらしいユーリカがポツリと聞いた。


「……きっと助かるよ。あの塔の魔法使いが父親なんだから、死ぬもんか」

「そっか……良かった」


 本当に、心底良かったと思ってる声に、私はガラにもなく胸が詰まるのを感じた。私も自分の子供を自分の力で救ってやれるくらい、強い親なら良かった。ただ、そんなものはどうしたって無いものねだりで、私はしがない農家のおふくろでしかない。


(そんなこた、とうの昔に分かってたはずなんだけどねぇ)


 ただ、あの奇跡のような力……あの魔法使いに言わせれば『一つの適性でしかない』らしいけど、初めて彼の作った魔法薬とやらが使われる所を目にした時、自分の信じてたもんが何もかもぐずぐずに崩れちまったのを感じた。


 絶対に治らないと諦められていた病人が、息を吹き返して目を覚ます姿。もうずっと身体も脚も悪くして、次の冬を越せるかと言われていた子供が、自分の脚で立って歩く姿。


 そんな事が叶う薬をものの数十分で作ってしまって、それも野菜だの穀物だのという安っちい対価で切り売りするあの魔法使いが、ずっと理解出来ずにいた。一度でも、心の底から大切なものを失った人間でなければ、あの力の価値はきっと分かるまい。


(ただ、何より腹立つのは)


 あの男が、本気で自分の力を大して凄いものだとも思っていないことだろう。


『望んで手に入れた訳ではない』


 かつてその言葉を聞いた時に、ならば寄越せとどれだけ叫びたかったか分からない。その時からずっと、いけすかない男だと思って来た。少なくとも、途方に暮れたような顔で幼子を……リアを不器用に抱えて家の前に立ち尽くしていた『あの日』までは。




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